「タダ読み文化」を根絶できる日は訪れるのか。
海賊版サイト「漫画村」の元運営者に対し、KADOKAWA、集英社、小学館の出版大手3社が約19.3億円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、4月18日、東京地方裁判所は元運営者に約17.3億円の支払いを命じた。原告側によると、国内の著作権侵害をめぐる訴訟の賠償では過去最高額とみられる。
漫画村は2016年2月から2018年4月に閉鎖されるまで、漫画を中心に約8200タイトル、約7万巻相当の出版コンテンツを無断で掲載していた。同サイト上で「タダ読み」された被害額は、約3200億円に及ぶとされている。
今回の訴訟で原告3社が賠償請求の対象としたのは、掲載された巻数の多い「ケロロ軍曹」、「ONE PIECE」、「YAWARA!」など17作品だ。
元運営者は2019年9月に著作権法違反などの容疑で逮捕され、その後有罪判決を受けている。原告代理人の中川達也弁護士は、判決の意義について「運営者が刑事だけでなく、民事でも重大な責任があることが明確になった点にある」と述べた。
“国内発”の海賊版サイトはほぼ消滅
「刑事告発から民事訴訟に至るまで(漫画村の事件が)広く周知されたことで、日本国内発の海賊版サイトはほぼなくなった」。海賊版対策を行う一般社団法人ABJの広報部会長を務める、集英社編集総務部の伊東敦氏はそう手応えを語る。
出版社や弁護団による対策を受け、国内における海賊版サイトでのタダ読みによる被害の推計額は、2021年の1兆0019億円から、2023年は3818億円と、この2年で約6割も減っている。
しかし、漫画村事件を通じて「無料で漫画を読ませて稼ぐ手法がある」と世間に広く知れ渡ったことも事実だ。
その影響もあってか、最近では海外を拠点とした海賊版サイトの増殖が深刻化。ABJによると、日本人向けの出版物に関する海賊版の上位10サイトは現在、「海賊版天国」とも呼ばれるベトナムを中心とした外国で運営されているとみられる。
さらに、外国語に翻訳された海賊版の増加により、被害は世界に広がっている。2024年2月時点でABJが把握している出版物の海賊版サイト1207サイトのうち、約75%が日本語以外のサイトだった。
4月18日の判決を受けて会見を開いた原告側の社員、弁護士ら(記者撮影)大手出版社や関連団体などは、サイトの削除要請を行うだけでなく、海賊版サイトのリストをセキュリティソフト会社や通信事業者などに提供し、アクセス警告を表示する、青少年フィルタリングを導入している場合にはアクセスできないようにするなどの対策を強化している。
それでも海賊版サイト側は、次々と巧妙な手口を繰り出し対抗する。短期間にドメイン変更を繰り返す、同じサイト構成でドメインの異なるトップページを大量に作成する、といった具合だ。
海賊版サイトの収益を支える広告は現在、詐欺やカジノ、アダルト系など海外から出稿されている確信犯的なものがほとんどで、こうした悪質な広告主に掲載取りやめを求めることも難しい。
著作権に詳しい中島博之弁護士は、「体力のある大手出版社が負担して、民間で取り締まりを行っている状況だ。民間で開示した情報を外国の当局に渡して摘発につなげるためには、日本政府による働きかけも不可欠だ」と指摘する。
SNSで大量投稿されるタダ読み動画
増殖する海外サイトに加えて、出版社を悩ませているのが、ユーチューブなどのSNSでの被害だ。
ユーチューブやTikTokで人気漫画のタイトルを検索すると、パラパラ漫画のように自動で画像がスライドされる動画が大量に見つかる。
SNS上では、著作権侵害に対するユーザー側の意識の低さも目立つ。とくにこの1~2年で被害が深刻化しているTikTokでは、プロフィールに「シャドバン(編集注・利用規約に違反した場合などに行われる利用制限を指す)中なので投稿控えます」「運営に消されました」などと記載したアカウントに対し、「シャドバン直ったら投稿お願いします」「頑張ってください」と、まったく悪びれないコメントが付いていた。
出版社側が悪質な投稿に片っ端から削除要請をしたところで、すぐに別の違法動画が投稿され、アカウントが凍結されても虚偽の名前や住所でまた別のアカウントが作成されるなど、SNSでの取り締まりはまさに“いたちごっこ”だ。
再生回数が増えればレコメンドに表示されるケースもあり、業界関係者からは「(SNSを運営するプラットフォーマー側と)協力して対策したいが、動きが鈍い」と憤りの声が上がる。
実は同じ著作物でも、音楽については対策が進んでいる。
ユーチューブでは、独自の著作権管理システム「Content ID」によって、投稿動画に使われた楽曲を自動で検知する仕組みが採られている。
Content IDによって登録した楽曲が検知されると、その動画を視聴できないようにブロックしたり、動画の収益の一部を、著作権管理を行うJASRAC(日本音楽著作権協会)やNexToneなどを通じて音楽クリエーターや音楽出版社などの権利者へ分配したりすることができる。
実際、2022年6月までの1年間でユーチューブが世界の音楽業界に分配した60億ドルのうち、30%程度がContent IDによるユーザー投稿動画からの収益還元となっている。
SNSに月2万件の削除要請も
一方で漫画などの出版物に関しては、今のところ自動検知に有効なツールがなく、収益が権利者に分配されることもない。
現状では、出版社側が漫画を掲載している動画を自力で探し出し、著作権侵害の有無を判別したうえで、1つひとつ削除を要請している。ある出版社はSNSや動画投稿サイトに対し、月2万件もの削除要請を行ったこともあったという。
こうした状況についてグーグル日本法人に今後の対応を問い合わせたところ、広報担当者は「YouTubeにとって著作権は非常に重要な問題であり、長年にわたりさまざまな対策をとっています」との回答にとどめた。
ユーチューブをはじめとしたSNSは多くの人にとって日常の一部と化しているだけに、そこでタダ読みが放置される影響は計り知れない。前出の中島弁護士は、「(著作権を侵害しているコンテンツを)軽い気持ちで見ることに慣れてしまうと、著作物に対価を支払うという価値観が崩壊する。そうなれば取り返しがつかない」と警鐘を鳴らす。
本来支払われるべき対価が得られなければ、漫画家が創作活動に打ち込める環境も崩壊しかねない。日本が世界に誇る漫画文化の未来を守るには、政府やプラットフォーマーを巻き込んだ総力戦が不可欠だ。
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