【専門メーカー】国内唯一の馬具メーカー「ソメスサドル」(砂川市)は北海道の開拓時代から馬具を作り続けてきた伝統の技を継承し、世界でも高く評価される。染谷尚弘社長に、旧産炭地を拠点に海外市場も狙う経営について聞きました。

ファンには世界一流のジョッキーも 武豊騎手はデビュー時から愛用

――馬具にはどういったものがありますか?
大きく分けると、競馬の道具と乗馬の道具に分かれます。競馬の道具は、みなさんが目にする競馬のレースに使われる道具で、背中に乗せる鞍などを作っています。
――どんな人が使っていますか?
競馬の世界、乗馬の世界があります。競馬の世界では、例えば武豊騎手はデビュー当初から鞍を使っていただき、商品開発にも少しアドバイスをいただいています。
――乗馬というのは?
オリンピックの馬術競技ですね。レジャー用の馬具もあります。大きく作りの違う二つの鞍を作るメーカーは世界的に珍しいと思います。
――国際的な式典で馬は重要な役割を務めますね。
国内では平成と令和の2回、天皇陛下の「即位の礼」で馬車が使われています。そこで使われる馬車具は弊社で製作させていただきました。フランスで行われる世界的にも有名なレース「凱旋門賞」で、過去3度ほど当社の鞍を使った馬が勝っています。
――ものすごいことですね。
本当に非常に名誉なことです。日本のホースマンにとって本当に夢の舞台。そのときは海外のジョッキーが当社の鞍を使っていただき、勝つことができました。洞爺湖サミットでは、北海道から各国の首脳の方々への贈呈品に当社のバックを使っていただきました。

家業を継ぐ既定路線に反発するも、叔父に声を掛けられ入社

――馬具を通して、非常にグローバルな世界のお客さんを相手にお仕事をされているんですね。染谷さんのお話をうかがいます。ご出身はどちらですか? どんなお子さんでしたか?
歌志内市です。父や祖父は今の会社の前身のオリエントレザーの経営に関わっていました。小さいころから、少し会社に出入りをして、警察官が拳銃を入れるケースホルダーを作っていた時期があり、それが工場に転がっていたことが印象に残っていますね。
――大学はどちらに行かれましたか?
群馬県の大学で経営学を学びましたが、会社を継ぐという意識はほとんどなかったです。
――就職はどういう選択をしましたか?
一般的な就職ではなく、アルバイトなど、いろいろな仕事を経験してみたいなと思って。
――実家に戻る選択をしたタイミングや、そのときの思い出はありますか?
 周りからはいずれ会社を継ぐのだろうと思われていたのかもしれません。当時は、それに対するプレッシャーを感じないようにというか。もう少し自分に可能性があるんじゃないかと、若気の至りで考えていました。当時、父は元気で、社長でした。どこまでいっても企業の代表者と社員という関係でなければいけないのに、やはり親子ということで甘えみたいなものが出るのがお互いに嫌だったのだと思います。叔父にあたる今の会長(当時は専務)から、北海道で働くことに抵抗があるのなら、東京のオフィスで自分と一緒に働かないかと声をかけてもらいました。

コロナ禍が経営を直撃 経営見直しは「今しかない」と社長就任を決断

――どういう立場で働いていたんですか?
東京に直営店を出店するタイミングだったので、その立ち上げの準備に携わらせてもらいました。
――経営を任されるタイミングは?
コロナ禍の時期の2021年です。直営店舗のほか、商業施設にも店を出していました。そういう店舗が営業を自粛せざるを得なくなり、会社の売り上げも大きく影響を受けました。ビジネスモデル、経営状態が大きく変化を余儀なくされるタイミングであり、会社として組織体制を大きく見直すべきだろうと考え、社長に就任しました。
――そんな中で経営を受け継ぐ気持はどうでしたか?
 もう今しかないと思いました。会社が大きく変わらなければいけないタイミングで、名実ともに代替わりするのは必要だったと思います。


目指すのは社員とその家族が幸せになり、社会で必要とされる会社

――経営を引き継ぐことになって、先代や、創業者の祖父の思いをどう感じていますか?
直接的に教えを受けた記憶はあまりありませんが、先代、先々代がやってきたことを自分なりに咀嚼(そしゃく)して、今の時代に合う経営はどういうものだろうかと常に考えていますね。当社の設立の経緯自体が、地域経済の活性化を非常に大きなポイントとしており、現在も地域の方々の雇用を守り、社員や家族のみなさんが幸せになる会社になりたいです。やはり(社会に)必要とされる存在になりたいと思っています。これからも大事にしたいです。


創業60年の節目 自らのもの作りを発信するリブランディングプロジェクト

――今、力を入れていらっしゃることは?
今年で創業60周年を迎え、リブランディングプロジェクトを進めております。テーマは「変えずに変える」。今までやってきたことを180度方向転換するのではなく、今までわれわれが掲げてきたもの作りを、お客様により分かりやすく伝える手段として、リブランディングを使おうと考えています。従来のロゴを少しアレンジし、これを機に、これまで培ってきた技術の最大限に生かし、60周年を記念する限定商品の製作の真っ最中です。
――ボスとして、どういうことを大切にされていますか? 
私は会社の中で年齢的にちょうど中間です。上にベテランの先輩の方もいれば、新しく入ってきた新入社員もいる状況の中で自分がリーダーシップを発揮して引っ張っていくよりは、それぞれのポジションで働くみなさんが一番生きる形で、のびのび仕事ができる環境を作ってあげることが、私の一番やらなきゃいけない役目です。会社としての方向性で、何をして何をやらないかという決断の部分は私が責任を持って取り組まなければいけない仕事と思っています。


命を預かる責任と使命 道具としてのあり方、長く使える設計を重視

――もの作りに携わる会社として大事にしていらっしゃることは?
創業時から手掛けている馬具に代表されるように、われわれは単なるデザインではなくて、使う方の命を預かっている責任と重大使命があると思っています。あくまでも道具としてのあり方、(具体的には)修理ができ、メンテナンスすれば長く使える形で設計されているかを、常に大事にしたもの作りを心掛けていますね。
――長く使ってもらいたい思いは一つ大事なポイントでしょうか?
他の素材では、現在さまざまな技術が発展して人工的なものもたくさん開発され、今後も可能性はあると思いますが、未だに天然皮革を超える材料は見つかってないと思っています。使い込めば使い込むほど、「味が出る」と言われるような、経年変化を楽しめる素材はあまりないんじゃないでしょうか?
――これから先のソメサドルについて、どういったビジョンを描いています?
 当社は海外のマーケットを目標として設立された会社です。今、このタイミングでもう一度、海外のマーケットも視野に入れた動きをしていきたいと思っています。


過疎と高齢化が進む旧産炭地 「雇用を守り、地域に何かを還元する」

――北海道で馬具、革製品を作るという仕事に関してはどんな思いがありますか?
北海道の中でも当社の本社がある砂川市や、近隣の地域は一般的には過疎化、高齢化が進む中で、明るい未来のビジョンが描きにくい時代になっていると思います。その中でも、雇用を守り、この地域に何かを還元する取り組みは、これから先、私の代でベースを作っていかなければいけないと思っています。
――リブランディングの中で、地域に貢献することも、これから先のサドルの姿としては描けそうですね。
ぜひ、そうしたいと思っています。

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