映画「オッペンハイマー」の感想を語り合う「核政策を知りたい広島若者有権者の会」のメンバーら=広島市中区の「Social Book Cafe ハチドリ舎」で2024年4月6日午後7時10分、根本佳奈撮影

 米国による原爆開発を主導した天才科学者の半生を描いた伝記映画「オッペンハイマー」が3月下旬から日本で公開されている。作品は2023年7月の米国公開を皮切りに世界中で大ヒットし、米アカデミー賞で作品賞など7部門を制覇した。一方で、原爆を投下された広島や長崎の惨状が描写されていないとの指摘もある。被爆国日本での公開から2週間。映画を見た被爆地の市民や被爆者らはどう感じたのか。

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 「オッペンハイマーが原爆開発をどのくらい悩み、どんな心持ちだったかが十分に描かれていない」「政治や科学の文脈で(原爆開発や投下を)決断した人たちと、実際に地上にいた人たちとのギャップに苦しくなった」

 6日夜、広島市のブックカフェであった、映画の感想を語る会。主催した市民団体「核政策を知りたい広島若者有権者の会」(カクワカ広島)のメンバーや市民ら計25人ほどが参加し、被爆地の住民として感じた思いを話し合った。

映画「オッペンハイマー」のワンシーン© Universal Pictures.All Rights Reserved.

 「カクワカ広島」共同代表の田中美穂さん(29)は、米国民らが人類初の核実験成功(1945年7月)や日本への原爆投下(45年8月)に沸くシーンについて「映画を見た人も同じような高揚感を持つのではないか」と懸念を口にし、「実験場の周りにいた人は被ばくしていると思った。そうした感覚を、もっと世界に伝えていかないといけない」と強調した。

日本公開「議論と検討の末」

映画「オッペンハイマー」の試写会後のトークイベントで感想を語る被爆者の朝長万左男さん(左)。右は前嶋和弘・上智大学教授=長崎市で2024年3月18日午後9時51分、高橋広之撮影

 米国の理論物理学者ロバート・オッペンハイマー(67年死去)は第二次世界大戦中、極秘に原爆を開発した米国の「マンハッタン計画」を主導し、「原爆の父」と呼ばれる。映画では、オッペンハイマーが科学者たちをまとめて計画を進めた経過や原爆投下後の苦悩、その後、水爆の開発に反対したことで共産主義者と決めつけられ、公職から追放される過程を描く。

 日本では米国から約8カ月遅れての公開。映画配給会社「ビターズ・エンド」(東京都)は23年12月に公開を発表した際、「本作が扱う題材が、私たち日本人にとって非常に重要かつ特別な意味を持つものであるため、さまざまな議論と検討の末、日本公開を決定した」とコメントを出した。

 同社は公開を前に被爆地の広島、長崎両市で特別試写会を開いた。3月18日の長崎での試写会後にはトークイベントがあり、「長崎県被爆者手帳友の会」の朝長万左男会長(80)が登壇した。被爆時2歳だった朝長さんは核実験の場面を「同じプルトニウム爆弾が長崎の上空で爆発したと思うと不気味な印象だった」と振り返り、被爆地の惨状が描かれていない点については「オッペンハイマーのセリフには、被爆の実相にショックを受けたことが込められていた。あれで十分だった」と述べた。

 会場には核兵器廃絶を訴えて国内外で活動する高校生平和大使らも。平和大使の安野(やすの)美乃里さん(17)=長崎県立長崎東高3年=は「原爆を落とした側の科学者という新しい視点で見ることができたが、核実験の成功や原爆投下で大衆が喜ぶシーンは長崎で育った者としては複雑な感情を持った」と語った。

映画「オッペンハイマー」のワンシーン©Universal Pictures.All Rights Reserved.

被爆者「今度は核被害の事実を」

 広島県原爆被害者団体協議会(県被団協)の佐久間邦彦理事長(79)は公開初日に映画館に足を運んだ。「米政府は、戦争を止めるためだけでなく、原爆の威力を世界に知らせたくて広島を実験台にしたというのが伝わってきた。多くの米国人は『国を救った英雄』の物語、『アメリカ万歳』の映画として見たのではないか」と懸念を口にした。

 一方で、佐久間さんは、映画がきっかけとなり、核の脅威や広島に関心を持つ人が増えたようにも思う。「原爆を落とされた側では、何の罪もない子供や人々が皆殺しにされた。『オッペンハイマー』に代わる映画で、今度は核被害の事実を知らせてほしい」

 被爆地で試写会を開いた理由について、配給会社の担当者は「広島と長崎の方々の意見を聞くことは、東京主導の広報活動になってしまいがちな映画の配給・宣伝において、複眼的な視野を持つためにも重要だと考えた」とする。

専門家「核問題 関心のきっかけに」

 長崎大核兵器廃絶研究センターの中村桂子准教授(核軍縮)は「原爆開発という米国側の視点で歴史を知る機会が日本国内ではほとんどなかった。時代背景や歴史を理解しないと難解な内容だが、日本国内でこれだけ話題になっていること自体が驚きで、若い世代が核問題などに関心を持つきっかけにもなるかもしれない」と期待を寄せる。

 原爆被害が十分に描かれていないという点について、中村さんはこう考える。「『自分たちの声は伝わっていないのか……』という被爆者の気持ちも理解できる一方で、原爆の被害を中途半端に切り取って入れるべきではないとも思う。この映画には反戦や反核のメッセージが込められている。映画を見た人がどう考え、次の学びにどう生かしていくのかが大切だ」

【日向米華、高橋広之、根本佳奈、武市智菜実】

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