特許の一部が使えることになり「本当にうれしく思う」と記者会見で語る高橋政代氏=東京都港区で2024年5月30日午後5時16分、松本光樹撮影

 iPS細胞(人工多能性幹細胞)由来の網膜の細胞を世界で初めて患者に移植した、元理化学研究所プロジェクトリーダーの高橋政代氏(62)が、網膜細胞の製造方法の特許を持つバイオベンチャー企業「ヘリオス」(東京都)などに対し、特許技術を使わせるよう経済産業相に裁定を求めた問題で、条件つきで高橋氏側の特許使用を認めることで和解が30日、成立した。高橋氏は発明者ではあるが、特許権を持っておらず、産学連携のあり方に一石を投じていた。

 和解契約書によると、高橋氏側は、網膜色素上皮不全症の患者を対象にした自由診療に限って、特許の使用を認められた。同じ特許技術を使い、ヘリオス側とは別々に治療法の開発を進めることとなった。

高橋政代氏による裁定請求を巡る経緯

 高橋氏は網膜細胞をiPS細胞から作るという自身が開発した技術を用いて、2014年に世界で初めて加齢黄斑変性の患者に網膜の細胞を移植した。理研やヘリオスは共同研究を通して網膜細胞の作製に関わる技術で特許を取得した。発明者として高橋氏の名前も記載されているが、ヘリオスが独占的にライセンス交渉権を持っている。

 その後、高橋氏はヘリオスと治療のあり方で目指す方向性が異なってきたとして、共同研究を打ち切っていた。高橋氏は別の方法で治療法を開発するため、特許の使用を求めてヘリオスに協議を申し込んだが、実現しなかったという。

記者会見で和解を公表した高橋政代氏(右)=東京都港区で2024年5月30日午後5時37分、松本光樹撮影

 理研を退職した高橋氏は21年7月、自身が社長を務める医療系企業「ビジョンケア」(神戸市)などとして特許法に基づく裁定請求をした。「公共の利益」を目的とした請求で、この時点ではヘリオスは実用化を進めるための治験を始めていなかったが、23年6月に治験開始を公表した。

 裁定請求を受け、弁護士や弁理士らでつくる特許庁の審議会は21年12月以降、非公開で協議を進めた。ヘリオスが明らかにした和解契約書によると、委員から和解提案があったという。

 高橋氏は記者会見を開き、「やりたいことが全部できるようになり大変うれしい。解き放たれたような気持ち」と笑顔を見せた。産学連携が広がる中でトラブルは多発しており、「契約だから仕方ないと泣き寝入りしている人が非常に多い。一部でも覆せる可能性があることを示せ、同じ境遇に苦しむ発明者を勇気づけられるものだ」と語った。【松本光樹】

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