売上高は1兆円規模ながら、時価総額は17兆円。営業利益率50%超という希有な高収益企業のキーエンスが、超意外な新規事業を立ち上げた。本業ではセンサーなどの制御機器を扱うが、新たに乗り出すのは製造業向けの流通事業。彼らが描く、EC(ネット通販)の戦略とは。
「ものづくり現場の ”付加価値” 最大化に貢献する」
2月14日付で設立された、株式会社メイカーズ。ひっそりと公開された簡素なホームページには、冒頭のメッセージを筆頭に“付加価値”という言葉が4回も出てくる。事業内容は「自動化・省力化機器等の企画・開発およびECプラットフォームの運営」と明記されている。
同社はキーエンスの100%子会社。資本金は1億円で、発足当初の従業員数は約10人とみられる。各種リクルートサイトでは「キーエンス100%出資によるスタートアップ企業」と紹介され、営業や機械エンジニア、経理などの幅広い職種を積極的に採用しているもようだ。
他社製品を扱うECプラットフォーム
キーエンス幹部は「まだ会社を作ったばかりなので、開示できる情報はない」と取材に語り、サービスの具体的な内容や開始時期は不明。キーエンスはメイカーズの設立に関してプレスリリースを出しておらず、対外的な周知に消極的だ。
キーエンスによると、メイカーズが運営するECプラットフォームでは自社製品を取り扱わない方針という。前述の幹部は「ものづくりの作り手をデジタルでつなぎ、最適な調達の選択肢をお客さまに提示するのが目的だ」と話した。
製造業をターゲットとしたBtoB向けのECサイトやプラットフォームは、すでにいくつも存在する。MonotaROやミスミグループ本社(ミスミG)、Amazon、アスクルなどがメイカーズのライバルとして想定されそうだ。
「あのキーエンスが参入してくるのだから、何か仕掛けがあるはず。サイレントで進めているのも不気味だ」。ある競合企業の幹部はそう語る。普通のありふれたネット通販事業を展開するだけだろうかと警戒感をあらわにする。
直近実績の営業利益率を見ると、MonotaROは12.3%(2023年12月期)、ミスミGは10.4%(2024年3月期)。後者は部品メーカーとしての顔も持つため、純粋な流通事業だけの数字ではないが、キーエンスの本業である高付加価値センサーなどの製造販売と比較し、既存の手法ではそこまで儲からないと言える。
顧客はキーエンスの取引先
なぜ、キーエンスはこの分野に手を延ばしたのか。転職サイトでメイカーズが募集する営業職の業務内容を見ると「提案先は従来キーエンスと取引があるお客様が中心で、いわゆる飛び込み営業は一切ありません」と記されている。
キーエンスの強みは直販体制だ。熟練の営業担当が顧客と直接やり取りを重ね、現場の課題や生産状況を知り尽くした上で、最適な自社製品を提案してソリューションをもたらす。この一連の動きを徹底することで、高収益を上げ続けている。
密なコミュニケーションの中で見えた、設計や調達段階でのニーズをくみ取るつもりなのだとしたら――。誰かがウェブサイトを訪問し、注文ボタンを押すのを待つという、ECの「受け身」とも言えるビジネスモデルにはとどまらないかもしれない。
キーエンス本体にとっても、もし商社のような機能を新たに備えるのだとすれば、本業とのシナジーで顧客との関係性をさらに深化させることが可能になりそうだ。
2024年度は売上高1兆円の大台へ
あるいは、既存のECサイトとは一線を画する新しいシステムを作るのだろうか。メイカーズのホームページには、デジタルテクノロジーの力で今より安く安定的に商品を調達できる世界を実現する、という趣旨の説明がある。
新製品のうち約7割が「世界初」「業界初」とされるキーエンスだけに、革新的な戦略を打ち出してくる可能性も高そうだ。
キーエンスが4月25日に発表した2024年3月期の業績は、売上高が前期比4.9%増の9672億円、営業利益が同0.8%減の4950億円だった。純利益は同1.8%増の3696億円で過去最高純益を3期連続で更新。中国市況の悪化でFA(ファクトリーオートメーション)業界が全体的に振るわない中でも、盤石ぶりを見せつけた。
同社は業績予想を公表しないが、2025年3月期に売上高1兆円の大台突破がほぼ確実視されている。超優良企業が流通分野で描く、次なる戦略とは。今はまだ謎に包まれた新機軸から目が離せない。
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