散々待たせた末に、ようやく日本政府・日銀による為替介入が行われたようです。財務省は介入の有無を明らかにせず、市場を疑心暗鬼にさせようと躍起ですが、依然、150円を超える円安水準を見れば、とても成功と言える状況ではありません。
1ドル=160円での「遅過ぎた介入」
今回の為替介入の最大の問題は、実施のタイミングが遅すぎたことです。介入に踏み切ったのは、4月29日に1ドル=160円まで急激に円安が進んだ時点でした。なぜここまで待ったのか、多くの市場関係者が首をかしげます。
そもそも、市場で防衛ラインとみられていたのは152円でした。2022年の前回の介入局面での最後のタイミングが152円直前でしたし、23年年末の円安局面もこのラインがピークでした。
今回の円安局面でも、152円をめぐる神経戦が長く続いていました。叩くなら、ここだったはずです。
ところが、4月15日にアメリカの小売統計の強い数字で154円台まで一気に円安が進んだ際も、そしてその翌日、FRBのパウエル議長がついに利下げ時期の後ずれを公に認めた際も、いずれも介入には動きませんでした。
折角、市場が意識してくれていた152円という防衛ラインを、日本の当局はみすみす無駄にした形です。
さらに翌週の26日に、注目された日銀の決定会合で政策の現状維持が発表され、植田総裁の「円安は基調的な物価に大きな影響を与えていない」という発言で、東京市場でさらに156円まで円安が進んだ際にも、介入に踏み切らず、その夜、海外市場で158円まで円安が進んでも、まだ動かなかったのです。
待つ間に失った「8円」
結局、29日に介入した際のレートは1ドル=160円、円安が加速した4月15日の時点からそもそも8円も後退しているので、5兆円とみられる規模の介入をしても、154円台までしか戻せませんでした。
「特定の水準を目指しているわけではない」などと綺麗ごとを言ったところで、少しでも円高に戻すのが介入の真の目的なのですから、かつての防衛ラインの遥か手前までしか戻せなかった結果を見れば、実にもったいない8円でした。
介入のタイミングには様々な制約
もちろん、為替介入には様々な制約があります。事前にアメリカの了解を取り付けなければなりませんし、効果を最大化するため、時に市場参加者の予想していない、しかも、商いの薄い時間帯を狙う必要もあるでしょう。
しかし、その先に、チャート上の目立った抵抗線がなく、通貨危機の前夜のような自国通貨の下落が止まらない時には、そうした「介入テクニック」よりも、通貨の信認を守るという「国家の意思」を明確に示すことが優先されるべきだったと、私は思います。
日本では、1985年のプラザ合意以降、「円安はそんなに心配しなくていいんだよ、時が経てばそのうち円高に戻るんだからさー」という幸せな時代が40年も続きました。もはや、全く異なる局面に入っているという危機意識を持つべきではないでしょうか。
介入しても、すぐ円安に
局面が変わっていることを端的に示しているのが、介入後の円安圧力です。29日の介入とみられるケースでは、160円から154円まで円高にしたものの、すぐに円売り圧力が強まり、157円台まで押し返されてしまいました。
休日の商いの薄い時間に、5兆円も使って仕掛けても、その程度だったのです。
日本時間の5月2日早朝に行われたとみられる介入も同様の結果でした。この際は156円台だった相場がいったん153円台まで円高が進んだものの、数時間で156円台に押し戻されてしまいました。
もっとも、この5月2日のケースでは、FRBのパウエル議長の記者会見が思ったほどタカ派的ではなく、特に円安も進んでいないという、市場の意表を突くタイミングだっただけに、市場の介入警戒感を強める効果があり、その後は、じりじりと152円台まで相場を円高に動かすことに成功しました。
この局地戦は、ひとまず「作戦勝ち」したようです。
ドル売り介入の原資に制約
この先の不安材料は、ドル売り介入の原資です。4月29日は5兆円、5月2日には3兆円規模の介入が行われたと見られています。政府の外為特会の中で、すぐに使える外貨建て預金は、3月末時点で約1550億ドル、23兆円ほどです。
8兆円使ったとすると残りは15兆円、あと3、4回しか介入できない勘定です。
もちろん外為特会には9900億ドル程度の外貨建て証券(大部分が米国債)もあります。しかし、これらを現金化するのは手間がかかります。
何より、日本政府が大量のアメリカ国債を売却すれば、その行為自体がアメリカの一層の金利高、すなわち円安を促してしまうという、本末転倒の結果を生みかねません。
今後の介入チャンスが限られる中、どこまで相場を円高方向に戻せるか。介入の局地戦で作戦勝ちを重ねながら、政府・日銀がバラバラではなく、一体となって、円安の阻止・是正に向けたグランドデザインを描くことが求められています。
播摩 卓士(BS-TBS「Bizスクエア」メインキャスター)
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