――奴隷労働を強いられていた漁船の乗組員を救出したパティマさんの活動は『ゴースト・フリート 知られざるシーフード産業の闇』という題名で映画化され、世界に大きな衝撃を与えました。
『ゴースト・フリート』は、私たちの救出活動に密着して制作されたドキュメンタリー映画です。その撮影が行われた前年の2014年、私が共同創設者を務めるNGO(非政府組織)のLabour Protection Network(労働権利推進ネットワーク、LPN)はインドネシアの離島から、奴隷労働を強いられていたタイ人やミャンマー人、カンボジア人など約2000人の漁船乗組員を救出しました。現在までに救出した総数は約5000人にのぼります。
出稼ぎ労働者を食い物に
――映画『ゴースト・フリート』では、だまされて漁船の乗組員にさせられ、長い年月にわたって家族のもとに帰ることもできず、文字通り死ぬまで奴隷のように扱われる実態が明らかにされています。なぜこのような問題が起きているのでしょうか。
タイでは1980年代に、漁船の乗組員の不足を解決するために、インドネシアやミャンマー、カンボジアなど近隣諸国から労働者を受け入れるようになりました。その過程で犯罪行為が蔓延しました。
人集めのためのブローカーが暗躍し、いい仕事があるなどと言ってはだまして出稼ぎ労働者を漁船に乗せて見知らぬ場所に連れていきました。出稼ぎ労働者は雇い主に借金を負っていて、それを全額返すまでは賃金が支払われませんでした。
――『ゴースト・フリート』では、何年にもわたって監禁状態で働かされていたり、薬物中毒にさせられたりする漁船の乗組員も登場します。
映画『ゴースト・フリート 知られざるシーフード産業の闇』のポスター(提供:ユナイテッドピープル)乗組員はインドネシアの見知らぬ島に連れていかれ、「お前たちにはこれだけ借金がある。借金を完済するまで給料は支払えない」と通告されました。
乗組員は当初、1年くらい我慢すれば給料をもらえるだろうと思っていましたが、支払いはなされませんでした。
私たちは2014年から2016年にかけて、合計12回、救出のための船を出し、インドネシアの離島に監禁されていたタイ人や近隣国からの出稼ぎ労働者約2000人を船に乗せて助け出しました。
タイ政府は法規制など対策を強化
――その後の状況はどうでしょうか。
パティマ・タンプチャヤクル(Patima Tungpuchayakul)/Labour Protection Network(LPN)共同創設者。1975年生まれ。2004年、タイでLPNを設立。奴隷状態にあった漁船乗組員の救助活動が評価され、2017年ノーベル平和賞にノミネートされた(撮影:梅谷秀司)救出活動に関するAP通信の報道がきっかけとなり、アメリカや欧州連合(EU)などではタイの水産物に対する信用が失墜し、タイ政府は法規制など対策の実施を迫られました。具体的には労働時間に上限が設けられ、船員リストの作成が義務付けられました。乗組員は給料支払いのための銀行口座を作り、ATM(現金自動預け払い機)を通じて現金を引き出せるようになりました。
以前のように、1年間に数千人もの人たちをインドネシアの離島から救出しなければならないという状況はなくなりました。しかし、すべての問題が解決しているわけではありません。
――それはどういうことでしょうか。
賃金の不払いは依然としてなくなっていません。契約書では賃金として1カ月に1万2000バーツ支払うと書かれているのに、いろいろな名目でピンハネされ、実際には6000バーツしかもらえていない人もいます。
雇い主がキャッシュカードやパスポートを取り上げてしまうケースもあります。負傷や死亡した場合の補償も、必ずしもきちんと行われていません。
8カ月前にミャンマー人の漁船の乗組員を救出しました。この乗組員は2度にわたって逃亡を試みたものの失敗し、捕まってしまいました。そしてロープに縛られたことが原因で腕の傷が化膿し、腕を切断しなければならなくなりました。
『ゴースト・フリート 知られざるシーフード産業の闇』©Vulcan Productions, Inc. and Seahorse Productions, LLC.このミャンマー人のケースでは、雇い主が契約していた医療保険に上限があり、それに到達した段階で雇い主は支払いを打ち切りました。そこでやむなく、相談を受けた私たちが治療費を負担しました。
2023年12月に救出したタイ人の乗組員は、5年も働いていたのに賃金をまったく受け取っていませんでした。
私たちはこうした人たちにシェルターを提供するとともに、本人を支援して賃金の支払いや補償を求める活動をしています。
日本の消費者との関わり
――こうした「海の奴隷労働」と日本の関わりは?
日本はタイやインドネシアからたくさんの水産物を輸入しています。そのため、食を通じて関係があると言っていいと思います。
しかし日本ではこうしたIUU漁業の問題はあまり知られておらず、輸入水産物のトレーサビリティ(追跡可能性) も十分とは言えません。
――日本の水産物輸入業者や消費者に何を求めますか。
まずは東南アジアでのIUU漁業の実態を知っていただきたい。そしてトレーサビリティの重要性を認識してもらいたい。水産物を購入するとき、鮮度や価格だけでなく、漁業にたずさわっている人たちがどんな生活をしているかについても考えてほしいと思います。
そして、水産物の流通に関する日本の法律を厳格にし、違法な水産物取引の取り締まりを厳しくしていただきたい。そうした取り組みが、海の奴隷労働を根絶することにつながります。
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