(ブルームバーグ): 2月に日経平均株価が34年ぶりに史上最高値を更新した際、証券会社のトレーディングルームでは歓声と拍手が上がった。一方、東京証券取引所を傘下に持つ日本取引所グループ(JPX)の山道裕己最高経営責任者(CEO、69)が祝杯を挙げることはなかった。

  同月の記者会見で山道氏は、米国など海外市場ではすでに過去最高値を何度も更新していることを引き合いに、国内市場においても高値更新が「珍しいことではなくなるようなマーケットにしたい」と表明した。

  2023年4月の就任以降、東証の市場改革に加えて世界中を飛び回って日本を売り込んできた山道氏。日本を世界で最も好調な株式市場の一つにした立役者でもある。3900社を超える上場企業にコーポレートガバナンス(企業統治)の改善を促し、課題に対峙(たいじ)してきた同氏の就任以降、東証に上場する企業の時価総額の合計は約278兆円拡大した。

  日本株は年初来で先進国市場の中では最も高いパフォーマンスを記録し、今月19日終値時点でTOPIXは21%上昇。23年に主要な世界の株価指数を上回った25%のリターンに続く好調を示す。

  海外投資家にとっては円安が割安感を増す要因になることに加え、デフレ脱却や経済成長が鈍化する中国からの資金シフトといったマクロ環境の追い風もあり、日本株にはグローバルな投資家からの見直し買いが入っている。

  JPXのデータによると、海外投資家は6月までの過去18カ月で日本株を7兆4000億円買い越し、過去10年間で最大の買越額となった。今年、日本市場は上海や香港市場のドル建て時価総額を上回り、21年以来となるアジア最大の座を取り戻した。

日本の代弁者

  大阪証券取引所(現大阪取引所)の社長時代には海外のヘッジファンドに自ら営業活動を行うこともあった山道氏は、現在も積極的に国内外で講演するなど投資家との交流を欠かさない。海外出張も多くこなし、今年はこれまでにマレーシアやシンガポール、英ロンドンを訪問。今後も米ニューヨークなどを訪れる予定だ。

市場関係者は、こうした山道氏の積極的な情報発信を評価する。コーポレートガバナンスの専門家で日本に特化した投資ファンドのアドバイザーを務めるアリシア小川氏は「日本で最も海外と意思疎通ができる人物だ」と語る。

  広島出身でプロ野球の広島東洋カープの大ファンでもある山道氏は、ペンシルベニア大学ウォートンスクールでMBA(経営学修士)を取得した。大学時代に打ち込んだ合気道からは遠ざかっているが、週末にゴルフやジョギングで体を動かす。東京証券取引所ビル4階の食堂で昼食を取る際には、自身の執務室のある14階まで階段を使う。オペラを鑑賞し、フランスワインをたしなむ。

  講演会で山道氏が遅くまで残って参加者と名刺交換する姿や、投資家からの個人的な問い合わせにも対応する姿勢が、よりオープンで説明責任を果たす市場のイメージを高めていると市場関係者は言う。

  アポロマネジメントジャパンの田中達郎会長は「日本を代弁することができる数少ない経営者だ」と話す。「非常に良いタイミングで、良い人がJPXのCEOになった」とし、「真に国際感覚があり、しっかりと日本を語れる人物だ」とも指摘した。

東証の要請

  山道氏の大きな功績は、「資本コストや株価を意識した経営」を呼びかけ、対応を開示している企業のリストを公表するなど株価純資産倍率(PBR)を一つの基準として、企業価値の向上を促したことだ。

  PBR向上を促す施策は、企業の広範な取り組みに波及した。上場企業は非中核事業や政策保有株の売却を進め、増配や自社株買いといった株主還元は過去最多となった。23年にはMBO(経営陣が参加する買収)の規模が過去最大に増加。東証改革を参考に、韓国は企業価値向上の施策を導入する。

  PBR改善の呼びかけは、アクティビスト(物言う株主)が日本企業への投資を拡大するきっかけにもなり、企業価値向上を迫る際に東証の示した方針が度々言及された。米投資銀行ラザードによると、アクティビストが1-6月に世界で展開したキャンペーン数が過去5年平均を3割上回る中、アジア太平洋地域での43件のうち28件が日本だった。

  こうした背景から、企業に変化を迫った山道氏を「日本最大のアクティビスト」と呼ぶ向きもある。同氏は市場運営者としてどのような投資家も拒否することなく、すべてに対してオープンだとの姿勢を示す。

JPXの山道CEO(4月)Photographer: Kentaro Takahashi/Bloomberg

対峙する課題

  野村証券在籍時にはグローバルインベストメントバンキング本部のトップを担い、ロンドンやニューヨークの現地法人のトップも務めた山道氏は、日本市場の変化について、「連綿と続いているコーポレートガバナンス改革の一つだ」として、これまでの流れを引き継いだ結果に過ぎないと語る。

  一方、市場改革やコーポレートガバナンス改善に向けた課題は残る。ブルームバーグのデータによると、TOPIX構成銘柄でPBR1倍割れの企業の比率は昨年1月時点の53%から45%へと改善したものの、S&P500種株価指数ではわずか3%。資本を基に稼ぐ力を測る指標である株主資本利益率(ROE)を見ると、米国企業は日本企業の2倍だ。

  山道氏が目指す日本市場の将来像は、資本ニーズや投資においてアジアで最初に思い浮かぶ市場にすることだ。ただ、JPXが22-24年度の中期経営計画で掲げた外国籍企業などによるクロスボーダー上場20件の目標に対して、足元で実現した上場はAnyMind Group(エニーマインドグループ)など5件にとどまる。

  山道氏によると現在、候補企業は20社ある。東証は上場誘致の強化に向けて、証券会社などと協働してアジア企業に対する支援を行う取り組みを立ち上げた。東証経由でグローバルに飛躍するアジア企業の輩出につなげる。

  JPX自身の課題もある。日本企業が取締役会の多様化を進める中、JPXの15人の取締役のうち女性はわずか3人。かつて東証の社外取締役を務めていたマネックスグループの松本大会長は、JPXの取締役会に運用経験者がおらず、投資家の代表となる取締役がいないことも問題だと指摘する。

  この26年間で病欠したのは1日だけだと話す山道氏。多忙なスケジュールをこなす中、移動時間などで読書や映画鑑賞をするといい、「ハリー・ポッター」や「マトリックス」といったヒット作は飛行機内で見た。日本市場の顔として国内外を飛び回る日々は当面続くことになる。

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