(ブルームバーグ): 「ミスター円」は米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長だ。以前からそうだったが、世界がそれを理解するのに時間がかかった。

  日本の通貨が1ドル=160円という大きな節目を再び超える円安進行後のシナリオを簡単に言えばそういうことになる。2024年の円安について、最大の要因となっているのが日米間の金利差だ。迷える円強気派もFRBが今年後半に利下げすると見込んでいる。

  円の変動がFRBの動向に大きく左右されることは、驚くことではない。米金利動向を見越した取引は少なくとも2年間、1日7兆5000億ドル(約1208兆円)の外国為替市場で支配的な力となってきた。

  円は今年、ドルに対し12%余り下落。苦しんでいるのは円だけではない。次に大きく下落したのはタイ・バーツで7%安。FRBが好んで用いるインフレ指標など米国の主要データにドル・円がどう反応するかを推測することと比べれば、日本政府が次の円買い介入をいつ行うかを見守ることは二の次だ。

  こう考えると、東京で何が起ころうと、あまり重要ではない。 財務省は神田真人財務官の後任として三村淳国際局長を7月31日付で財務官に就任させる。だが、気にしなくてもいいかもしれない。

  日本銀行の植田和男総裁も端役に過ぎない。もちろんこれは誇張で、人々は何カ月もの間、日銀がマイナス金利を解除することで円高に戻るのではないかと期待していたが、最近のニュースは不毛な議論だったという論調だ。

  マイナス領域にあった政策金利がゼロから少し上に引き上げられただけにもかかわらず、これは本当に大きな影響を与える展開と言われた。それでも円安に歯止めがかからなかった際、人々は介入が円安を鈍らせると期待した。

  4月26日-5月29日に行われた9兆7885億円の為替介入で、少し考え直したトレーダーもいただろう。しかし、このような介入は決して事態を大きく変えるものではなく、またそのような意図もなかった。

主権は相対的

  ある人物がミスター円と呼ばれる理由について一言。ミスター円という呼び名は、1990年代に大蔵省(現財務省)で国際金融局長、財務官を務めた榊原英資氏にさかのぼる。ミスター・ポンドやミスター・ウォン、ミスター・リンギットと呼ばれる人物はいない。

  数年ごとに交代する財務官は、世界の通貨問題をその責務の一部としている。榊原氏は、日本が市場で積極的に動いていた時期にたまたまその役職に就いた。

  介入と疑わしい動きがあると、必ずと言っていいほど記者たちが大蔵省の駐車場に張り込み、榊原氏のオフィスの外をうろつき、時には徹夜で見張ることさえあった。そうした役割を担った官僚はたくさんいるが、ミスター円という呼称は常に榊原氏と結び付いている。

  日本が市場に介入することはめったにないが、これは主要7カ国(G7)の取り決めに従ったものだ。政府・日銀の関与は注目に値するが、それ以上のことはないだろう。

  日本が円高を誘導する余地はかなり限られている。日銀はいつでも政策金利をゼロからもう少し上に引き上げることができるし、多くのエコノミストは早ければ7月にも追加利上げがあると予想している。ただ、植田総裁は慎重な姿勢を崩していない。

  トレーダーらは、植田総裁が国債買い入れを減額し始めるのではないかと騒いでいたが、同総裁が6月の金融政策政策決定会合で決めたのは、減額計画の策定に際し、債券市場参加者会合を開いて国債買い入れの運営に関する意見を聞くことだけだった。もし植田総裁が利上げに踏み切るのであれば、為替動向ではなく国内情勢を見極める必要がある。

  メインのゲームは、米国の利下げを説得力を持って指し示すデータを注視し、待つことだ。パウエルFRB議長はそれ以外のことはあまり気にかけないだろう。FRBにとって、そして誰にとっても、何よりもまず米国が重要なのだ。特に円に関しては、主権は相対的なものだ。

(ダニエル・モス氏はアジア経済を担当するブルームバーグ・オピニオンのコラムニストです。以前はブルームバーグ・ニュースの経済担当エグゼクティブエディターでした。このコラムの内容は必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)

原題:There’s a New Mr. Yen In Town: Daniel Moss (抜粋)

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