缶詰などで知られる食品メーカー「いなば食品」で、新入社員の大量辞退があったとの「文春砲」が出た。それにとどまらず、企業側の反応がずさんではないか、との指摘がSNS上などで相次いでいる。
筆者はネットメディア編集者として、これまで企業のプレスリリースや、「炎上」を受けての謝罪文を読んできた。その経験からすると、少し眺めただけでも「よく掲載に至ったな」と驚くような内容だった。
以下、複雑になってしまっている経緯を、わかりやすく紹介しながら、解説していこう。
いなば食品の「ボロ家」報道
いなば食品の騒動は、2024年4月10日に「週刊文春 電子版」が報じ、翌日発売の雑誌紙面にも掲載された。
そこでは「新卒の辞退者が9割に達している」との関係者談が紹介され、実際に入社辞退したという人物が、給与体系の不明瞭さや、静岡市清水区由比にある「社宅」の様子を明かしている。
文春記事では、新入社員は「ボロ家」での共同生活を命じられたなどと伝え、いなば食品は質問状に対して「事実確認を実施している」と回答したと報じている。週刊文春 電子版は13日に続報として、「ボロ家」内部で撮影された写真や動画も届けている。
「ボロ家」こと、シェアハウスの様子は、会社の公式ホームページでも紹介されている(出所:いなば食品公式サイト)いなば食品は、テレビCMで「ライトツナ」などの魚介系缶詰商品で知られ、傘下のいなばペットフードが販売する「CIAO(チャオ)ちゅ〜る」は、ネコたちの反応が良すぎるなどと、絶大な人気を誇る。
この3月には、大谷翔平人気にわく大リーグ・ドジャースと公式スポンサー契約を結び、スタジアムに「Churu(ちゅ〜る)」の広告表示がされるように。いまや世界規模で展開するメーカーと言える。
そんな有名メーカーに出た「ボロ家」報道だが、従業員の待遇以上に、ネットユーザーを驚かせたのが、反応したプレスリリースだ。4月12日に「一部報道について」を発表した後、同日中に「由比のボロ家報道について」なるタイトルの文章も出された。この文章について、SNS上では「もはや怪文書の域だ」と評されているのだ。
「怪文書」の発表
順を追いながら、発表文をなぞってみよう。
当該物件を含めて、シェアハウスは6棟あり、3月下旬に全家屋の点検・クリーニングを行った。そのうち3棟に、原則として転勤のない一般職(事務職・工場勤務職)が5人入居していて、今回指摘されたのは「唯一の新規の1棟」だったという。
今期の新卒社員は98人となり、そのうち一般職は43人、総合職は55人となる。シェアハウス入居者は、家賃を実質0円にするよう検討している。シェアハウス改修は急逝した副社長の担当で、コンクリートむき出しの場所は、すでに洗濯機が置かれている。
雨漏りの改修を始め、畳も14日に交換予定。そして文章の末尾は、「責任者の死亡により作業指示が大変に遅れ、皆さまに非常に、ご不快をおかけしています。早急に誠意をもって、早期の改修を完了いたします」と結ばれている。
この文章には当初、文の区切りではないところに、謎の改行が挿入されていた。なお4月15日時点で、この文章はすでに書き換えられ、謎の改行は姿を消し、タイトルも「由比のシェアハウス報道について」に変更されている。
質が悪く、違和感を覚える謝罪文
なるべく読者に理解しやすいよう、情報を整理してみたが、それでもなお、それぞれの要素が唐突で、まとまりのない印象を受ける。おそらく「シェアハウスの運用」「今春の新卒採用」「責任者の闘病・死去」「室内の現況・改修」と、4つのトピックにわけられるのだろうが、それらの関連性がわかりにくく、一貫性を感じにくい文章になっているのだ。
ネットメディア編集者として、企業のプレスリリースを長年見てきた立場からすると、企業倫理が問われているタイミングの謝罪文としては、失礼ながら、かなり質が悪いものだと言わざるを得ない。
そもそも、文春報道が「ボロ家」をタイトルにしていたからと言って、発表文まで「ボロ家報道について」とする必然性がない。加えて、一般職を説明するたびに、まるで枕詞のように「異動のない」「転勤のない」「工場配属の」といった表現が加えられる点に、どこか違和感を覚える読者は少なくないだろう。
そして極め付きが、1月に死去した副社長について。のちに削除された部分には、「10月26日に間質性肺炎の急性増悪で緊急入院」「入院期間中の詳細な指示が酸素吸入による呼吸困難でほぼできず、空白となってしまいました」といった記述もあり、詳細に書くことによって、むしろ故人に責任転嫁しているような印象を残す。
この発表に褒めるところがあるとするならば、文春報道から1〜2日後で出されたスピード感だろうか。しかし、はっきり言って、この内容から危機管理能力は感じられない。責任の所在についてはもちろんだが、そもそも「問題点を誤認している」ように思えるのだ。
文春報道が問題提起している論点は、「従業員の労働環境が確保されているか」だろう。ちゃんと記事を読むと、シェアハウスの実態は、あくまでその一要素に過ぎず、問題は一般職の待遇が十分に確保できない企業体質にあるのでは、と指摘する内容だとわかる。
しかし、いなば食品のリリースを読むかぎり、同社が問題だと認識しているのは「シェアハウスがしっかり改修されているか」という1点のみではないかと感じる。広報実務のあれこれを差っ引いても、そもそも前提条件にズレが生じていれば、謝罪も的外れなものとなり、場合によっては「話をそらした」などと、イメージダウンにつながりかねない。
商品開発も、広報戦略も、購買ターゲットをどこに置くかを見定め、ニーズに合った形で提供するのが定石だ。とくに「いなば食品」や、ちゅ〜るの「いなばペットフード」はヒット商品を抱えて、消費者から支持されてきたからこそ、ひと度その視点のブレが目立ってしまうと、商品そのものへの印象も悪くなってしまう。実際にSNS上では、今回の対応をめぐって、「ちゅ〜る不買したいが、愛猫が許してくれるか」などと葛藤する声も相次いでいる。
「第三者の視点」を入れた対応が必要
企業倫理を問われる状況では、対応もまた、倫理的かどうかの基準で評価される。その点から言えば、今回のプレスリリースでは、まだ不十分だ。さらなる悪評につながらないためには、早い段階で誠実かつ、的外れでない対応が必要となるだろう。
そのうえで欠かせないのが、「第三者の視点」を入れることだ。非上場のオーナー企業が、時折ガバナンスの機能不全に陥る要因として、同族経営だからこそモノが言えない状況を招くことがある。今回の文春報道も、まさにそこへメスを入れている。
いなば食品の対応を、もう一点評価するとすれば、報道に対して否定する表現はなく、「洗濯機置き場」の扱いを説明している程度だった点だ。ただ単に、どこに問題があるのか気づいていないだけの可能性は高く、それはそれで問題なのだが、素直に受け入れる余地があるようにも見える。
客観的な立場から、問題を捉えることにより、的外れな対応をとるリスクは軽減できる。いなば食品の採用情報ページによると、同社の企業理念は「独創と挑戦」、商品開発コンセプトは「真似しない、真似されない」だという。
他者との違いを明確にして、オリジナリティーを磨くことは重要だが、いざというときに「世間と自分たちのギャップ」を冷静になって見つめられないのであれば考えものだ。さらなる発展を目指すためには、これを機会に「どう見られているのか」「どう見られたいのか」をしっかりと考え直すのがよいのかもしれない。
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