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ロシアによるウクライナ侵攻は、重大な局面を迎えている。
北朝鮮軍の参戦を確認したアメリカやイギリスは、長距離ミサイルによるロシア領内への攻撃を認めた。それに対しプーチン政権は、核を搭載できる離弾道ミサイルでウクライナを攻撃し、欧州全域が射程圏内だと宣言する。

この「エスカレーション」の行きつく果てとは――。

(ANN取材団)

■「プーチンのメンツを守る」ということの意味

「プーチンはメンツを守らなければならない!」

昼下がりのモスクワ市内のレストラン。
ロシア人の歴史学者はぬるくなった中国産のビールを不満げに飲み干し、グラスをたたきつけるように言った。

アメリカの長距離ミサイル「ATACMS」で、ロシアのブリャンスク地方が攻撃された翌日の11月20日のことだ。
そして、真剣な面持ちでこう付け加えた。

「世界が破滅に向かうのか。年末までにその答えがでるだろう」

ロシアではこうした意見は極端に過激というわけではない。むしろ、ロシアの保守層の代表的な意見だともいえる。
むしろ物騒なのは、最初のプーチン大統領の「メンツ」がかかっているという考え方だ。

合理的に考えれば、核ミサイルを使用したり、32カ国が加盟するNATO(北大西洋条約機構)を相手に戦ったりすることなど自殺行為だ。しかし、「メンツ」や「プライド」といった要素が前面に押し出されれば、不合理な決断さえ後押ししかねない。

つまり、「世界が破滅に向かう」選択もしかねない、ということになる。

■エスカレートするミサイルの応酬

ウクライナ軍による「ATACMS」の発射(写真:「ウクライナ国防省」) この記事の写真は7枚

11月19日、ウクライナは6発の「ATACMS」でブリャンスク地方を攻撃し、翌日以降にはイギリスの「ストームシャドー」も使ってロシア領内への攻撃を続ける。

プーチン大統領は、西側の長距離ミサイルでロシア領内が攻撃を受けることは「NATOが直接戦争に参加したことを意味する」と繰り返してきた。その論理に従えば、ロシアはNATOと直接交戦状態に入ったことになる。

ロシアは19日のうちに核兵器の使用条件を定める「核ドクトリン」の改正を発表。2日後の21日にはウクライナ東部ドニプロに核爆弾を搭載可能な弾道ミサイルを発射した。

ウクライナに降ってきたきたロシアの弾道ミサイルとみられる光(写真:「ウニアンのTelegram」)

その夜、プーチン大統領はビデオメッセージを発表する。どこで撮影されたのかはわからないが、2022年2月24日にウクライナへの大規模侵攻の開始を宣言した時と同じ背景、同じ構図だ。

11月21日 プーチン大統領のビデオメッセージ

プーチン大統領は「ウクライナの地域的な紛争は世界的な性質を帯びた」と宣言した。
そして発射した新型の中距離弾道ミサイルは、西側の防空システムでは迎撃はできないと威嚇した。

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■「脅し」か「本気」か “プーチンの真意”を測りかねる欧州

■「脅し」か「本気」か “プーチンの真意”を測りかねる欧州

プーチン大統領が「核の脅威」を振りかざす意図は、欧州各国でもとらえ方が一致していない。

ウクライナへの西側の支援を止めるためで、実際に使用する気などないと見ているのがフランスだ。

英仏はウクライナへの派兵も検討か

バロ外相は23日、プーチン大統領の言動はあくまで「脅し」だとの見方を示した。ウクライナ支援に「越えてはならない一線はない」と述べ、フランスが供与した長距離巡航ミサイル「スカルプ」の使用を容認する考えを示した。また、フランス軍兵士の派遣が議論されていると有力紙が報道する。

一方で、11月15日、2年半ぶりに1時間にわたりプーチン氏と電話で話したドイツのショルツ首相は、プーチン大統領が「本気」である可能性を排除できないでいる。

ドイツ・ショルツ首相はプーチン大統領と電話会談した(写真:「ショルツ首相のXから」)

ショルツ首相はその後、電話会談について「プーチンの戦争観にはほぼ変化はなかった」と振り返っている。ドイツ製の長距離巡航ミサイル「トーラス」は供給しない方針だ。

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■“トランプ復帰”で事態の打開はあるのか

■“トランプ復帰”で事態の打開はあるのか

プーチン大統領の言動は「脅し」なのか「本気」なのか?

冒頭の歴史学者が、世界が破滅に向かうかどうか見極める区切りとして「年末まで」といったのは、トランプ氏のアメリカ大統領就任を見据えてのことだ。

欧米やトランプ陣営とも意思疎通を続けているクレムリンに近い関係者は、プーチン大統領はトランプ次期大統領の就任に期待をしているわけではないという。

「トランプは、長期間にわたる複雑な交渉は苦手だ。ロシアとウクライナの間に立って要求を調整し、妥協点を探りだし、合意案を練り上げるタイプではない。彼は自分が作った合意案を提示してプーチンにこう迫るだろう。『イエスかノーか。この場で判断しろ』と」

迫られたプーチン大統領はどう反応するのか?
トランプ次期大統領の停戦案にプーチン大統領は合意するのだろうか?

「無理だろう。じっくりと駆け引きをするプーチンの交渉スタイルとはことなる。また、どれほど詳細に詰めたとしても、プーチンは一切譲ることはできないから」

プーチン大統領が一切の妥協を受け入れられない理由をクレムリン関係者はこう説明する。

「ロシアの憲法に明記してしまったドネツク、ルガンスク(ルハンシク)、ヘルソン、ザポロジエ(ザポリージャ)。このすべてをロシアの支配下に置かない限りこの戦いを終えることはできない。4州を憲法に書き込んでさえいなければ、交渉の幅は広がったはずだ。しかし手遅れだ。プーチンは自分が書き換えた憲法を否定することはできない」

さらに、前線で戦う軍部の意向もプーチン大統領を追い詰めているという。

「莫大な損失を被っているロシア軍は日々先鋭化している。軍部は常に『あらゆる妥協は敗北だ』と言っている。プーチンは一切譲歩できない」

■水面下の交渉は行われているが…

「24時間で戦争を終わらせる」と主張するトランプ次期大統領は、ウクライナのNATO加盟を事実上凍結し、現時点での前線ラインで停戦するという案をベースに考えている。

この提案を軸に、水面下でさまざまなアイディアが交わされているようだ。

たとえば、停戦ラインを設ける場合、管理するのがNATO軍だけではロシアは納得できない。そこで第三国の軍隊としてインド軍が候補に挙がっているといった具合だ。

また、プーチン大統領は、大統領選を延期しているゼレンスキー大統領をウクライナの公式な大統領だと認めていないことも問題として浮上している。停戦の合意書への署名者を誰にするべきなのか。

しかし、いくら詳細を詰め、トランプ次期大統領が間に入っても、プーチン大統領が望む4州全てをロシアに明け渡すということにはならないだろう。トランプ氏が大統領に就任しても、外交交渉で自分の「メンツ」を保てる結果を得ることができないと悟ったとき、プーチン大統領がどう対応するのか。深刻な局面が続いている。

ロシア国内では、冒頭に触れたような「核の脅威」を振りかざす保守派の意見が勢いを増している。本格侵攻開始から1000日を超え、反戦・反プーチンを訴える人びとへの弾圧は厳しさを増している。

しかし、それでもなお、2月に獄中死した反政権のシンボル、ナワリヌイ氏の墓を訪れる人は絶えることがなく、花に埋め尽くされている。

ロシア国内からこの戦争を止めようとする動きもまだ根強くあることも忘れてはならない。

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