「パレスチナに自由を」――。若者たちの叫びが響くなか、防護具を身につけた警察隊が目の前から威圧的に迫ってきた。抵抗する余地はなかった。後ろ手に手錠をかけられ、バスに押し込められると留置所に連行された。
米東部ニューヨーク市の非営利組織で働くディラン・ライスさん(27)は5月初旬の夜、市内にある母校のファッション工科大(FIT)のキャンパスで逮捕された。
各地の大学に広がった抗議
パレスチナ自治区ガザ地区での戦闘をめぐり、全米各地の大学ではイスラエルと関係する企業への投資撤退を求め、学生らが敷地を占拠して野営する抗議活動が広がった。ニューヨークでは火付け役となったコロンビア大を含む野営地は既に警察によって強制排除され、当時、FITは市内の大学で最後の野営地が残されていた。
ライスさんは「あまり政治的ではない」という母校の後輩たちの運動に共感し、映像に記録するため野営地に出入りしていた。逮捕から数時間後に釈放され、起訴は見送られた。「多くの若者たちの司法手続きに時間を費やすのは無駄だと考えたのでしょう」。報道によれば、ニューヨーク市内の大学だけでも数百人が逮捕された。
今回の米大統領選に向けた民主党予備選ではバイデン大統領が勝利したが、イスラエル軍事支援への抗議として白票に当たる「支持なし」票を投じる動きが各地に波及した。4月に行われたニューヨーク州の予備選でも「支持なし」票は1割強を占めた。民主党を支持してきたライスさんも白票を投じた一人だ。
「第3の候補」に流れる人も
その後、候補者はハリス副大統領に代わった。パレスチナ情勢をめぐるバイデン政権の対応になお怒りがおさまらない有権者の一部の支持は、ジェノサイド(大量虐殺)をやめろと訴える「緑の党」のジル・スタイン氏など「第3の候補」に流れている。
ライスさんは勝ち目のない「第3の候補」に投票する人々には「共感する」としつつ、11月5日の本選ではハリス氏に投票すると決めた。「全体の問題を投げ捨ててまで、シングルイシュー(一つの争点)で選挙を考えることはできない」。ライスさんは共和党のトランプ前大統領が再選した場合、銃規制や中絶の権利、気候変動など自身が重要と考える問題が「脅かされる」とも考える。
ライスさんは、野営地をめぐるキャンパスの雰囲気は「米国の縮図のようなもの」だったと振り返る。抗議活動に参加した集団は「小規模」で、そこではガザの問題以外を議論しなかった。授業に追われる多くの学生たちは、「君たちの意見は分かるけど『やらなければいけないことが多くある』と言うように、野営地を通り過ぎた」。イスラエルを無条件に支持する学生も多くいれば、何が起きているか関心のない人たちもいる。
「妥協ではない」
「私たちは望む望まないにかかわらず、世界で最も強い国に暮らしている。選挙の結果が世界中に及ぼす影響を認識し、責任を持って行動する必要がある」とライスさんは言う。「専制的な野望を公言する男性か、現政権の路線を踏襲する女性か。私にとってその選択は妥協ではない」と力を込めた。【ニューヨーク八田浩輔】
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