米大統領選挙は11月5日に投開票を控え、支持率の差が1ポイント前後の激しいデッドヒートが続いているが、勝敗を分ける激戦7州では、いずれも僅差ながらトランプ氏がリードしている。
最終盤でトランプ氏の勝利が見えつつあるのか。“失速”が指摘されるハリス氏に、巻き返しの秘策は?
1)勝敗予想の“賭け”サイトでは大差でトランプ氏「優勢」
アメリカの政治情報サイトがまとめた世論調査の平均値は、10月19日時点でハリス氏が49.3%、トランプ氏が48.1%で、ハリス氏がわずかにリードしている。
この記事の写真は7枚一方、より情勢に敏感に反応する、勝敗予想の賭けを行うサイトの平均値では、様相が全く異なる。8月6日、民主党の正式指名を受けたハリス氏が一気にトランプ氏を上回った。その後も9月10日のテレビ討論会以降、ハリス氏のリードが1カ月近く続いたが、投票日まで1カ月を切った10月6日にトランプ氏が逆転。最新の数値では「トランプ氏勝利」57.8%、「ハリス氏勝利」40.9%と大きく差が広がっている。
勝敗予想の世界で両者の間の差が開きつつあるが、激戦7州はどうなっているのか。それぞれの支持率の平均は、9月11日のテレビ討論翌日の時点では、トランプ氏リード3州、ハリス氏リード3州、同率1州で“引き分け”状態だったが、10月19日の時点では、7州すべてでトランプ氏が僅差ながらリードしている。“ハリス旋風”は失速したのか。
杉田弘毅氏(共同通信特別編集委員)は、ハリス氏と陣営の失策を以下のように分析する。
バイデン氏の撤退表明を受け、ハリス氏が民主党の大統領候補になった時には大変な盛り上がりがあった。しかし、そこがピークだった。あの時に、あまりにも急速な支持率の伸びと人気の高まりがあったために、陣営はこのままリスクを冒さずにいれば、グライダーが滑空するように「風」に乗って、「当選」という目的地にたどり着くことができると、甘い算段をしてしまった。大統領選は、アメリカ人からすれば4年に一度の大きなエンターテイメント。例えるならレスリングやボクシングの試合のようなもの。うかつに動けば逆襲されるかもしれないが、それでもファイトの姿勢を見せる必要がある。そこを守りに入ってしまったのがハリス氏の1番の失策だ。次のページは
2)トランプ陣営の激戦州での戦略 そして問題発言に潜む“計算”2)トランプ陣営の激戦州での戦略 そして問題発言に潜む“計算”
激戦州でのトランプ氏のリードについて、峯村健司氏(キヤノングローバル戦略研究所主任研究員)は以下のように分析する。
トランプ陣営と、そこについている選挙コンサルの強さが出ている。2016年にワシントンの特派員として取材をした際に彼らとやり取りしたが、トランプ氏本人とは対照的に、非常に緻密な調査をしている。例えば、州や郡よりも、もっと小さな単位で、民主党の中でもちょっと柔らかな「ソフト・デモクラクラッツ(緩やかな民主党員)」と呼ばれる人たちを抽出して、戸別訪問をかけて説得することを緻密に行い、激戦州の票をドンドンひっくり返していった。このときは最後の一ヶ月、ヒラリー・クリントン氏を激戦州で追い上げて、全得票数では敗れたものの、激戦州を制して勝利した。今の動きは当時と非常によく似ている。さらに、共和党の支持率は民主党に比べ低い状態が30年以上、続いてきたが、今年初めて逆転して共和党が上回った。バイデン氏の失速などを受け、共和党全体の支持者が伸びていることも、一つの要素ではないか。トランプ氏は、今回の選挙でも、分断を煽るような人種差別的な発言を繰り返している。中でも、今なお物議を醸しているのが9月のテレビ討論会で飛び出した、この発言だ。
「オハイオ州スプリングフィールドでは不法移民たちが犬や猫を食べている。住民のペットを食べている。これが我が国で起きていることだ」この発言には討論会の司会者が「市当局に確認したところ事実ではない」とすぐにファクトチェックを行い、嘘であることを指摘した。
この“ペット発言”で、トランプ氏がやり玉に挙げたのはハイチ系移民だ。この発言に関して10月16日、トランプ氏がフロリダ州で開催したヒスパニック系の有権者との集会で、以下のようなやり取りがあった。
「スプリングフィールドの話を本当に信じているか?」との聴衆の質問に対し、トランプ氏は「報道されたことを言っている」と回答。情報源については「新聞」としながらも新聞名は明かさず、重ねて、何の根拠もなく移民が「他にも食べるべきではないものを食べている」とも発言した。
杉田弘毅氏(共同通信特別編集委員)は、今回の大統領選では経済と並び移民問題が大きなカギを握るとし、以下のように分析した。
全くの事実でない、嘘そのもので、ハイチ人を侮蔑する酷い発言だ。ただ、注意しなくてはならないことは、アメリカ人のおそらく9割ぐらいが、事実関係は別にしても、不法移民の増加が社会の安定を損ねているという認識を持っている。その中で、トランプ氏の発言は移民問題に対する人々の心の中の、モヤモヤしている不安感に刺さる。この発言を聞くと、大統領の資格はないと我々は思うが、この発言後の彼の支持率は全く下がっていない。むしろ少し上がっている。ということは、アメリカ国民のかなりの部分が、彼の発言を正しいとは思わないにしても、しっかり移民問題に向き合う、きれいごとでない政策を求めているということだ。ハイチはもともとフランスの植民地で、スペイン語を話すヒスパニックとは異なる。巨大なコミュニティをつくり、アメリカ社会に完全に溶け込んだヒスパニックの人々の前での、ハイチ人移民に対するこうした発言は、差別意識を助長する、けしからんものだが、それがどれだけ票に結びつくか、トランプ氏は計算づくであろうと感じる。付言すると、このスプリングフィールドのハイチ人は不法移民ではない。合法的に米政府から許可を得て住んでいる。それにもかかわらず、スケープゴードになっていて、非常に気の毒だ。 末延吉正氏(ジャーナリスト)も、こうしたトランプ氏の移民政策に対する支持の広がりの背景には、国民がポリティカルコレクトでは解決しないアメリカの問題を、本音で語る代弁者を求めていると分析した。次のページは
3)このまま推移すればトランプ氏“勝利”か? ハリス氏の巻き返し策は…3)このまま推移すればトランプ氏“勝利”か? ハリス氏の巻き返し策は…
峯村健司氏(キヤノングローバル戦略研究所主任研究員)も同様に、今回の選挙戦では移民問題が重要なポイントになるとし、トランプ陣営の戦略を以下のように分析する。
トランプ氏は移民と「不法移民」、うまく発言を使い分けている。移民の人たちに対しては非常に言葉を選んでいる一方で、ターゲットに定めた「不法移民」への批判はボルテージを上げている。トランプ氏が公約に掲げた移民対策は、非常に激しいもので、州兵なども動員して1100万人の不法移民を強制送還するという内容ではあるが、世論調査によると56%の有権者が支持している。絶対に取らなければいけない激戦州のひとつ、メキシコ国境が近いアリゾナ州の世論調査でも、トランプ氏の不法移民対策を半数以上の人が支持という数字が出ている。それでは、ハリス氏の巻き返し策は?陣営は、黒人起業家向けの支援策や、ヒスパニック向けの選挙キャンペーンなど、新たな取り組みを打ち出している。杉田弘毅氏(共同通信特別編集委員)は、遅きに失した感があるとしつつも、以下のように指摘した。
激戦州の票の差は、1万票、多くても5万評、6万票。アメリカは3億3000万人の人口の国なので、少しでも票を動かすことができれば、激戦州も取ることができるという狙いがある。残された時間が少ない中で、やれること、考えられることは全部やってみようと、最後の2週間になって、ようやくハリス氏は動き出したところだ。 峯村健司氏(キヤノングローバル戦略研究所主任研究員)は、「このままの流れで行くと、トランプ氏が勝利する可能性が高まっているとみている。全国の支持率はハリス氏が上回っているが、勝敗を決めるのは激戦州がすべて。すべての激戦州でトランプが上回っているのは強い」と指摘した。末延吉正氏(ジャーナリスト)は、日本でも衆院選が間近に控える現状に触れ、こう番組を締めくくった。
この大統領選で、アメリカがどうなるかは世界に大きな影響を与えるが、月末に控えている日本の衆議院総選挙も、日本がどこに向かっていくのかということを考える上で、非常に重要な選挙だ。ぜひ投票に行っていただきたい。<出演者>
杉田弘毅(ジャーナリスト。21年度「日本記者クラブ賞」。明治大学で特任教授。共同通信でワシントン支局長、論説委員長などを歴任)
峯村健司(キヤノングローバル戦略研究所主任研究員。近著に『台湾有事と日本の危機』。『中国「軍事強国」への夢』も監訳。中国の安全保障政策に関する報道でボーン上田記念国際記者賞受賞)
末延吉正(元テレビ朝日政治部長。ジャーナリスト。永田町や霞が関に独自の情報網を持つ。湾岸戦争などで各国を取材し、国際問題に精通)
「BS朝日 日曜スクープ」2024年10月20日放送分より」
この記事の写真を見る(7枚)鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。