終わりの見えないガザでの戦闘。親しい人を失った人たちの心の傷も癒えることはありません。ハマスによる襲撃を受けたイスラエル市民と、イスラエル軍の攻撃で生まれたばかりの子どもたちを失った父親を取材しました。
ちょうど1年前、イスラエルに大きな衝撃を与えたハマスによる奇襲攻撃。ハマスの戦闘員がパレスチナ自治区ガザとイスラエルを隔てるフェンスを突き破って侵入し、市民を次々と襲いました。
イスラエルでは、およそ1200人が死亡。250人ほどが人質としてガザに連れ去られました。
エイタン・ハーレーさんは当時、南部で開かれていた野外音楽フェスティバルに友人たちと参加していました。
ハマスの襲撃に遭ったエイタン・ハーレーさん
「突然、音楽が止まったので、あたりを見渡しました。見上げると、これまで見たことのない爆発が起きていました」
車に飛び乗り、その場を離れましたが、ロケットの飛来を知らせるサイレンがなったため、車を降り、シェルターに身を隠したといいます。しかし…
ハマスの襲撃に遭ったエイタン・ハーレーさん
「彼らはアラビア語で何かを叫びながら、入り口に向かって発砲し始めました」
その時の映像です。逃げ込んだシェルターの周りにハマスの戦闘員が集まっています。そして、手りゅう弾を投げ入れ始めます。
ハマスの襲撃に遭ったエイタン・ハーレーさん
「入り口近くに立っていたのですが、突然、手りゅう弾が足元に飛んできました。私はそれを掴み、外へと投げ返しました」
しかし、何度目かで手りゅう弾がシェルター内で爆発。エイタンさんは気を失い、戦闘員が中に入ってきました。
ハマスの襲撃に遭ったエイタン・ハーレーさん
「(ハマスの戦闘員は)私が生きているか確かめるために、私を揺さぶり始めました。私の顔は切り傷と血でいっぱいで、目からも血が流れ、死んでいるように見えたのだと思います」
シェルター内にいた29人のうち、19人が死亡、エイタンさんの友人2人も亡くなりました。
ハマスの襲撃に遭ったエイタン・ハーレーさん
「10月6日(戦闘開始前)の自分には戻れません。あの瞬間からすべてが変わりました。戦争が終わり、できるだけ早く人質が帰国できることを心から願っています」
この日を境に始まったイスラエル軍によるガザへの大規模攻撃。いまも、多くの市民が絶望の淵に立たされています。
泣き叫んでいるのは、ガザに住むムハンマド・クムサンさんです。8月にイスラエル軍の攻撃によって、家族を失いました。妻と義理の母、そして、3日前に生まれたばかりの双子のきょうだいも犠牲になりました。
いまも、ガザ南部で避難生活を続けるムハンマドさんがJNNの取材に応じました。
双子を亡くしたムハンマド・クムサンさん
「その日は出生証明書をもらうために家を出ました」
双子の出生証明書を受け取りに病院を訪れたムハンマドさんは帰宅途中、電話で自宅に攻撃があったことを知りました。
双子を亡くしたムハンマド・クムサンさん
「家族のいた部屋に向けて砲撃があった(と聞きました)。実は妻が…」
通訳
「空爆だ!今、爆発がありました。これが(ガザの)日常です」
インタビューは一時中断しましたが、状況を確認した後、再開しました。
双子を亡くしたムハンマド・クムサンさん
「色々な準備をしていました。特にベビー服を。双子は男の子と女の子だったから、洋服を見つけるのは大変でした」
準備したベビー服に子どもたちが袖を通すことはありませんでした。
双子を亡くしたムハンマド・クムサンさん
「子どもたちが成長して、“パパ”と呼んでほしかった。一緒に遊びたかった」
1年たったいまもなお、戦闘の終わりは見えません。
双子を亡くしたムハンマド・クムサンさん
「罪なき人たちが毎時間のように殺されています。この戦争が終わるその瞬間を待っています」
ガザでの犠牲者はこれまでに4万1870人にのぼっています。
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