4月19日にイスラエルがイランに対して報復攻撃を行ったとみられている。攻撃があったのはイスラエルが長年、破壊活動の標的にしてきたイランの核施設がある地域だった。
両国の対立激化で、中東全域を巻き込んだ緊張悪化が懸念されている。
1)報復の連鎖拡大を互いに自制か?
イスラエルがイランに対し、「報復攻撃」を行ったと報じられたが、攻撃直後、イランの反応は不自然なものだった。
イラン国営放送の記者は、「街は平静を保っており、人々は通常通りの生活だ」と平穏を強調。革命防衛隊に近いタスニム通信も「イスファハンや国内の他の場所に対して外国からの攻撃の情報はない」と主張するなど、国内で異変がないようなふるまいが目立つ。
イランのアブドラヒアン外相は「現時点での反撃の計画はない」と発言した一方で「イスラエルが再び行動を起こすなら、我々はただちに最大限の対応をするだろう」と警告した。
今回の攻撃に対し、イランは反撃するのか?イランを中心に中東地域の安全保障を研究する田中浩一郎氏(慶応義塾大学教授)は以下のように分析する。
現在のイランの対応は、イスラエルに対して再報復を行う段階には進みたくないという思惑で行動しているように見える。市民の間でも、爆発などがソーシャルメディア上で報告されておらず、実際、攻撃の被害は軽微なのかもしれない。しかし、イランは最初にイスラエルに攻撃を行った直後、「イラン本土の権益が被害を受けたり、人材が殺害された場合には、イスラエル本土に対して直接攻撃を行う」という“新たな戦闘ドクトリン”ともいうべき警告を明言した。今回の攻撃がイスラエルによるものとなれば、イランは自らの言葉に反することになるので、被害をはっきりさせたくないという意図も感じる。事態をエスカレートさせたくないのではないか。一方、イスラエルによる「報復攻撃」の前日18日、イラン革命防衛隊のハグタラブ司令官は「イスラエルの全核施設に関する情報を得ている。イスラエルの核施設が最新兵器の攻撃対象になる」と声明を発した。
「報復の連鎖」がエスカレートすると、相互に核施設を狙うような事態もありえるのだろうか?
田中氏(慶応大学教授)は次のように懸念する。
打ち合いが継続する中、標的が絞られていけば、今回空爆されたイスファハン周辺の核関連施設が標的となる可能性もある。そうなれば、反撃の標的がイスラエルの核関連施設になるという事態にまで発展してしまう可能性はあるだろう。そうなれば世界経済にも甚大な影響を与える。木内登英(野村総合研究所エグゼクティブエコノミスト)氏は、次のように述べる。
今のところ、互いに本格的な戦闘は避けたいように見えるが、何かをきっかけに対立が激化し、国民感情からもそうせざるを得ないという状況もありえる。ガザ地区もイスラエルとイランの代理戦争という要素があるが、地理的には戦いの場は非常に限定的だ。しかし、両国間で戦闘が本格化すれば、戦火が地理的に大きく広がる。さらに、イラン側がホルムズ海峡を閉鎖して原油供給が大幅に減る懸念が高まれば、原油価格は大幅に上がり、経済上のダメージからアメリカ大統領選への影響も大きく、バイデン政権にかなりの逆風になることは間違いないだろう。次のページは
2)ハマス、ヒズボラに加えイランも?3正面の戦いを避けたいイスラエル2)ハマス、ヒズボラに加えイランも?3正面の戦いを避けたいイスラエル
イスラエルは、現状、さらなる「報復攻撃」に安易には踏み込むことはできないという見方もある。
南部ガザ地区では、イスラム武装組織「ハマス」と戦闘を続けており、さらに北部ではレバノン国境で、イスラム教シーア派組織「ヒズボラ」と戦闘が続いている。イランとの戦闘が加われば3正面の戦いとなる。
イスラエル国家安全保障研究所、ラズ・ジムト氏は「イスラエルで優先されているのはガザでの主目的の達成に向け集中し続けることであり、新たな戦線を開くことではない」と指摘する。
また、対イラン戦で必要となる「長距離攻撃能力」について「イスラエル空軍は数百機の戦闘機を保有する一方、長距離爆撃機は保有していない」「2018年には新たな『ミサイル部隊』を導入すると発表したが、計画の進捗は不明だ」と指摘している。
イスラエルを専門とする錦田愛子(慶應義塾大学教授)氏は以下のように述べる。
イスラエルはガザに対して激しい攻撃を行っているが、基本的な姿勢は国防に重点を置いており、対外的に攻撃を仕掛けることはあまり想定していないため、長距離爆撃機はこれまであまり配備していなかった。しかし、今回イランからの攻撃を受け、ミサイルやドローン攻撃の必要性が認識され、今後力を入れてくることも考えられるだろう。次のページは
3)イスラエルとイラン、両国の軍事力は?3)イスラエルとイラン、両国の軍事力は?
両国で本格的な戦闘になった場合、戦力の面ではどちらが優位にあるのか?
田中氏(慶應義塾大学教授)は次のように分析する。
これからの時代の戦いは、有人戦闘機での戦いではなく、弾道ミサイルや巡航ミサイル、ドローンなど無人機による相互攻撃になっていく。現状、イスラエルの方が高精度の兵器を保持しているが、総合的な能力ではほぼ互角とみる。しかし、それぞれに弱みも抱えている。イランのミサイル迎撃能力は旧式でおそらくかなり劣っており、国土が広い分、幅広く防衛を強いられる点で不利だろう。一方、イスラエルは国土が狭く戦略的深みがないため、飽和攻撃などを受けた際、後退して態勢を立て直すことができない弱みがある。しかし、欧米諸国の支援を見込めるイスラエルに対して、イランは孤軍奮闘しなければならないのが不利となるだろう。イスラエルをバックアップしてきたアメリカのブリンケン国務長官は攻撃後の19日、「アメリカはいかなる攻撃にも関与していない」と話した。一方で、アメリカは攻撃を事前に知っていたとも報じられている。また、14日から15日にかけ、自制を求めるアメリカの要求を受け入れ、イスラエルは2度にわたり攻撃を延期した、との報道もある。
各国が自制を求める状況の中、イスラエルのネタニヤフ首相は各国の提案に感謝する、としながらも「しかし同時に明確にしておきたいのですが、私たちは自分たちで決定します。イスラエル国家は自国を守るために必要なことは何でもします」と話し、この発言の2日後の17日、攻撃をしたとみられている。
4)国内外からの圧力の板挟みとなるネタニヤフ首相
ネタニヤフ首相は、国際社会からは強く対話や自制を求められる一方、国内からは「反撃」「即時反撃」を求められる、国内外で真逆の世論の板挟みとなっている状況だ。
錦田氏(慶應義塾大学)は以下のようにコメントした。
今回、ネタニヤフ首相は国内外からの非常に厳しい圧力の中で決断したと言える。今の閣僚たちにはユダヤ教右派の比較的過激な意見を持つ人物が多く、彼らをなだめつつ対策を練ることが求められる。しかし、イスラエル国内では、建国以来、治安・安全保障の確保は至上命題とされ「ビタホン(ヘブライ語で「治安」の意)を守る」ことはすべてに優先するという認識が強い。戦争で、一時的にアメリカとの関係が悪化しても、長期的に関係回復できる可能性があれば、当面の安全保障の確保が最優先されるという判断だろう。強硬派で知られるベングビール国家安全保障相は「すぐにでも決定的な打撃をイランに対し行使せよ」とSNS上で発言。スモトリッチ財務相も「スローガンではなく行動で」と強い行動を求める発言をした。しかし、強硬な対応が逆にイスラエルを危機にさらす結果につながっているのではないかという批判も、ネタニヤフ首相を含めた閣僚内からも出ており、閣内の対立は深まり混迷を極めている。
両国の対立の行方に、中東、そして世界の注目が集まっている。
木内登英(野村総合研究所エグゼクティブエコノミスト。2012年、内閣の任命により、日銀審議委員に。任期5年で金融政策を担う。専門はグローバル経済分析)
田中浩一郎(慶応義塾大学教授。イラン大使館で専門調査員、国連政務官を経験。イランを中心に中東地域の安全保障など研究)
錦田愛子(慶応義塾大学教授。専門は現在中東政治やパレスチナ研究など。2011〜2012年にヘブライ大学客員研究員)
「BS朝日 日曜スクープ 2024年4月21日放送分より」
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