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8月27日、中国のトップ大学である清華大学に、体を支えられながら歩く男の姿があった。支えているのは、清華大学のトップである書記の邱勇(きゅうゆう)氏。支えられているのは、その日、北京に到着したばかりの日中友好議員連盟会長、85歳の二階俊博氏だ。植樹のイベントに参加した二階氏に邱氏が、「二階先生のように日中友好のために生涯頑張りたい」と声をかけると、二階氏は左手で大きく丸を作って、顔の前に掲げた。その表情には、中国との太いパイプを誇る二階氏の、自信があふれているように見えた。

議員団を率いる二階氏の今回の訪中で注目されていたのが、習近平国家主席に会うのかどうかだ。長年日中の架け橋を担ってきた二階氏と習主席との面会がいつも以上に関心を集めた背景には、前日に起きた予想外の出来事があった。

中国便り25号
ANN中国総局長 冨坂範明  2024年8月

■5年ぶりの訪中前日に まさかの領空侵犯

コロナ禍で人の往来がストップしていたこともあり、二階氏が率いる日中友好議連は、実に5年ぶりの訪中となる。しかし、その前日に、予想もしない出来事が起きた。

長崎県・男女群島沖の上空を中国軍機が領空侵犯したと、防衛省が発表したのだ。日本の領空を侵犯したのは、中国軍の情報収集機「Y9」1機で、午前11時29分からおよそ2分間だという。中国軍機による領空侵犯が確認・公表されたのは初めてで、関係各所に衝撃が走った。外務次官は中国の臨時代理大使を呼び出し、極めて厳重に抗議した。福島第一原発の処理水の問題、日本人駐在員の拘束事案、“一時停止“されたままの短期ビザ免除制度…ただでさえ山積している日中間の諸課題に、また1つ大きな問題が加わった形だ。

こういった諸課題を解決するにあたって、今の中国で一番大切なのは、権力が集中している習近平国家主席に会って、日本側の思いをきちんと伝えることだ。このタイミングで訪中する日中友好議連に期待する声が多く聞かれた。

「二階さんなら、習主席に会えるかもしれない」

領空侵犯をした中国軍機 この記事の写真

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■何度も習主席と面会 圧巻だった2015年の“3000人訪中団”

■何度も習主席と面会 圧巻だった2015年の“3000人訪中団”

私は2013年から2017年の間も、北京で特派員をしていた。当時から二階氏は中国と太いパイプを誇っていて、習主席と度々面会していた現場を取材した。

3000人訪中団(2015年)

中でも圧巻だったのが、2015年5月に観光業者を中心に、政財界の関係者およそ3000人を率いて北京を訪れたいわゆる“3000人訪中団”だ。尖閣諸島の国有化や安倍晋三総理大臣の靖国参拝で日中関係が冷え切っていた中、総理親書を携えて訪中した二階氏を、習近平国家主席は人民大会堂での大宴会で出迎えた。私もその宴会を取材していたが、会場が広すぎて、二階氏や習主席の顔が小さくしか見えなかったのが印象に残っている。

その後も、2017年5月、同12月、2019年4月に二階氏は習主席と面会している。総理クラス以外で、ここまで頻繁に習主席と面会している人物は稀有だ。ましてや、今回は5年ぶりの訪中で、次の衆議院選挙に立候補しない旨を表明している二階氏としては、議員として最後の訪問となる可能性が高い。

習主席との面会に期待の声が高まるのは自然の成り行きだったが、残念ながらその期待は裏切られることになる。

二階氏と習主席(2015年)

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■序列ナンバー3に伝えた「遺憾の意」

■序列ナンバー3に伝えた「遺憾の意」

二階氏が清華大学で自信満々にマル印を掲げた同じ日の午後10時。日中友好議連を乗せたバスが、宿泊先のホテルに戻ってきた。

足が良くない二階氏は、最後にバスからゆっくり降りてくる。取り囲む記者に、訪中1日目の感想を聞かれると「予定通りに進んでいるよ」と表情を変えずに答え、エレベーターで自室へと戻っていった。ただ、同じバスに乗っていた同行議員の一人は、悔しそうにこう話していた。

「明日の要人会見は、序列3位の趙楽際氏らしい。せっかく二階さんが来ているのに、習主席も冷たいね」

結局、翌28日、二階氏ら日中友好議連のメンバーが会見したのは、序列3位の趙楽際氏だった。日中友好議連は趙氏に対し、領空侵犯についての「遺憾の意」を表明し、再発防止を要求した。趙氏からは「日本の領空を侵犯する意図はなかった」という答えがあったという。

二階氏と趙楽際氏

会見後の記者会見で、相手が習主席でなかったことについて聞かれた二階氏は、「別に、どうもこうもない。そもそも趙氏と会いたいと申し込んで実現した。他の人に会いたければ申し込めば会える」と答えた。その表情は、どこか強がっているようにも見えた。

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■変わっていく日中関係の中で 引き続きパイプの構築を

■変わっていく日中関係の中で 引き続きパイプの構築を

今回、二階氏と習主席の面会が実現しなかった理由はわからない。ただ、二階氏が北京を離れる29日に習主席が会見したのは、アメリカのサリバン大統領補佐官だった。大国同士で対立をしている中国とアメリカだが、だからこそ対立をコントロールするため、アメリカとの交流は非常に重視されている印象がある。サリバン氏との会見で習主席は、米中関係について「2つの大国として、歴史と人民、世界に対して責任を持つ」と、高らかに宣言したという。

サリバン米大統領補佐官と習主席

一方の日中関係だが、中国にとっての重要性が、相対的に下がっているように見えるのは事実だ。GDPで日本を抜いた自信に加え、アメリカの「附属品」のように日本を見るような論調も根強い。とはいえ、日本と中国は「引っ越しのできない隣人」であり、今回の領空侵犯のような場合に、すぐに会って話せる関係を作っておかなければ、不測の事態が起きない保証はない。また経済的には、切っても切り離せない関係が、今後も続いていくだろう。

二階氏は次の衆議院選挙への不出馬を表明しているため、次の総選挙の後には、日中友好議連の会長も代替わりすることになる。また、9月には自民党の総裁選挙や、立憲民主党の代表選挙も控えている。次の日本のリーダーとなる政治家には、二階氏などが築いてきた中国とのパイプをしっかり引き継いだうえで、両国がしっかりと意思疎通できる、新しい時代の日中関係を育てていく努力を続けていってほしい。

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