日本時間の7月13日の朝、トランプ前大統領が集会で演説中に銃撃を受け、右耳の上部を負傷した。20歳の容疑者は現場ですでに射殺されており、その動機などの詳細は依然不明だ。バイデン陣営は、大統領選に向けた戦略“見直し”を迫られるとの見方も。
1)会場外という盲点 警備上のミスが隙を生んだか
事件が起きたのは、激戦州の一つ、東部ペンシルベニア州にあるバトラーという町で、トランプ氏の選挙集会中だった。
射殺された容疑者が見つかったのは、選挙集会の隣の建物で、トランプ氏が立っていた演壇までは約125m離れていた。演壇の後ろに3つの観覧席が配置され、ニューヨーク・タイムズによると、容疑者発見現場とステージを結ぶ直線上の付近で死傷者が出ているという。
これまでに、集会の参加者のうち1人死亡、2人重傷と報じられ、被害者は全員が成人男性だという。容疑者が見つかった建物についてCNNは、1階建てで、屋上は会場を見下ろせる高さであると報じている。
この記事の写真は7枚現場の様子から小谷哲男氏(明海大学教授)は、容疑者がいた建物屋上が十分に警戒されていなかったことへの疑問を以下のように指摘した。
現場は、集会の規制外だったようだが、バンテージポイントと言える高台にあって、周りを見下ろすことのできる、射撃に適した場所だ。通常であれば十分警戒し、ドローンを飛ばして監視する。FBIは、容疑者がなぜここに入れたか、わからないと言っている。アメリカ国内の警備の専門家たちもこれは明らかに警備のミスだと指摘している。この集会の直前に警備強化がされたはずだが、ここに抜け穴があったならば大きな問題で、共和党の議会は既にシークレットサービスの長官と、シークレットサービスを統括する国土安全保障省の長官に対するヒアリングを行うことを明言している。今後、かなり大きな政治的問題に発展していくだろう。イギリスBBCは不審な男を目撃したという男性の証言を報じている。
元陸上自衛官で国際業務にも数多く従事した佐藤正久氏(元外務副大臣)も、事件を強く非難しつつ、警備の不備を指摘した。
今回の事件は、安倍元総理、あるいは岸田総理に対する選挙中におけるテロを重ね合わせて見た日本人も少なくなかったのではないか。民主主義国家で行われる選挙への、このような暴力的妨害を、我々は絶対に許してはいけない。警備についてだが、通常であれば、容疑者のいた建物屋上には、警備の要員がいてもおかしくない。実際に、容疑者を狙撃したシークレットサービスは、観覧席の後ろにある建物の屋上から容疑者を撃った。観覧席側の建物にはいたのに、会場隣の、見晴らしのいい建物に誰も置いていないのはおかしな話だ。観客が事前に通報しても伝わらなかったことも合わせ、ミスが重なったときに、このような事件が起きる。大いなる反省点になると思う。
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2)地元出身20歳男の動機は… 「陰謀論」の流布が招く分断と対立2)地元出身20歳男の動機は… 「陰謀論」の流布が招く分断と対立
アメリカFBI連邦捜査局は、容疑者について、ペンシルベニア州出身の男でトーマス・マシュー・クルックス容疑者20歳と確認した。ペンシルベニア州の裁判記録には犯罪歴の記載はなく、現段階では当局は動機を特定していない。
凶器についてAP通信は、警察は現場でAR-15ライフルを回収したと報じている。このライフルは、過去にもアメリカ国内の多くの銃撃事件で使われたライフルだ。
元陸上自衛官の佐藤正久氏(元外務副大臣)は、状況から単独犯である可能性が高いと分析した。
米軍でもこのタイプのライフルを使用していて私も海外で使用経験があるが、有効射程は500m。125mの射距離であれば、容易に当てることができる性能がある。一般の人であっても、ある程度射撃練習をすれば、かなりの精度で的を射ることが可能だ。100m強ぐらいの距離であれば、5発もあればおそらく命中できる。20歳という年齢からして軍歴はないだろう。組織的犯行ならば、軍歴がある、あるいは民間軍事会社の経験のある人間など、複数で対応していてもおかしくない。今ある情報から推察すると、ローンウルフ的な単独犯であるように見える。
クロックス容疑者は、有権者登録では共和党員となっているが、2021年には民主党の寄付プラットフォームを通じて、リベラル系の団体に15ドルを寄付していた。
小谷哲男氏(明海大学教授)は、容疑者の思想信条が明確ではない現状に言及し、過激団体とのつながりの可能性も否定できないと、指摘した。
現時点での1番の謎は有権者登録では共和党員としながら、民主党系の団体に寄付をしている点だ。この民主党系の団体について先ほど調べたところ、バイデン大統領同様、トランプ氏は有罪判決を受けている犯罪人であり、民主主義への脅威だというような主張はしているが、暴力を煽るような団体ではなかった。しかし、ネットなどを通じて、ほかの過激団体とのつながりがあった可能性も捨てきれない。21年といえば、1月6日にトランプ氏の支持者による議会襲撃事件があった。その1月にリベラル系のプラットフォームを通じて寄付していることを鑑みると、事件を受けてトランプ氏にネガティブな感情をもった人物の可能性もある。◆民主党関連への寄付については、放送後、同姓同名の別人のものである可能性が浮上し、小谷氏自身の「X」でその旨を指摘している。
『ニューヨーク・タイムズ』は既に「陰謀論が拡散している」とも報じている。
杉田弘毅氏(ジャーナリスト/元共同通信論説委員長)は、今回の事件が陰謀論の流布と、党派対立の激化に火をつけるのではないかと懸念を示した。
テキサス州ダラスでケネディ大統領が暗殺された時も、近くのビルの6階に潜んでいたオズワルド容疑者が銃撃を行った。なぜそのビルを地元の警察が事前にチェックしなかったのかなど謎が多く、その後、多くの陰謀論の流布へとつながっていった。今回も大統領選の最中、トランプ氏への暗殺未遂で、容疑者の動機も見えてこないとなると、陰謀論が広まっていく素地はある。合わせて、既に激化している党派対立に、火に油を注ぐのは明らかだ。次のページは
3)米国以外の政治にも影響必至 そしてバイデン陣営の戦略“見直し”は?3)米国以外の政治にも影響必至 そしてバイデン陣営の戦略“見直し”は?
鶴岡路人氏(慶応義塾大学准教授)は、今年5月に銃撃されたスロバキアのフィツォ首相に言及し、政治家の警備の難しさと民主主義のあり方に警鐘を鳴らした。
当然、今回の事件は各国の政治のあり方にも影響を与えるだろう。政治家が人目に触れず安全な場所に隠れていれば、警備もしやすく安全度は高まるが、それでは民主的な政治を行うことはできない。移動もすれば、演説も行うなど、人々の前に姿を現す以上、完璧な警備の実現は難しい。だからこそ、どこまでが受け入れ可能なリスクであるのかということは、有権者も含め、各国政府、政治家が議論を重ねて合意をつくっていく必要がある。杉田弘毅氏(ジャーナリスト)は、今回の銃撃事件が、大統領選に向けたバイデン陣営の戦略に与える影響は少なくないとし、以下のように分析した。
テレビ討論会後、バイデン氏にはかなりの逆風が吹いていたが、バイデン氏の選挙チームが支援者に送ったとされるメールには、アメリカの大統領選で当選のマジックナンバーとされる270人の選挙人を勝ち取れる可能性がまだあるという内容が書かれていた。そのために、3つの激戦州、ペンシルベニア、ウィスコンシン、ミシガンを押さえるというのがバイデン陣営の戦略だった。ところが、今回の暗殺未遂が起きて、その可能性に疑問符がついた。 共和党は15日からウィスコンシン州で党大会開催というタイミングだ。党大会で指名を受けた候補者は、大会後3〜5%支持が上がるのが通例だ。今回の暗殺未遂事件で強さを印象付けたトランプ氏はもう少し支持を押しあげる可能性がある。民主党も8月に党大会を控えてはいるが、そこまでについた差をバイデン陣営が11月までに巻き返せるのか、そして、共和党大会後のトランプ氏の支持率とバイデン氏の差を見て、民主党議員がどう動くか。
現状では、強気の姿勢を崩していないバイデン氏だが、この共和党全国大会から10日ぐらいの間で、バイデン氏もいよいよ進退の決断を迫られるのではないか。
<出演者>
小谷哲男(明海大学教授。米国の外交関係・安全保障政策の情勢に精通。「日本国際問題研究所」の主任研究員を兼務)
佐藤正久(元外務副大臣。防大卒で自衛官任官。2007年参院議員に初当選。防衛大臣政務官、外務副大臣など要職を歴任)
鶴岡路人(慶応義塾大学准教授。現代欧州政治、国際安全保障などを専門に研究。著書に「模索するNATO−米欧同盟の実像」)
杉田弘毅(ジャーナリスト。21年度「日本記者クラブ賞」。明治大学特任教授。共同通信でワシントン支局長、論説委員長などを歴任。)
「BS朝日 日曜スクープ 2024年7月14日放送分より」
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