長崎原爆の被爆体験者が被爆者健康手帳の交付を求めた訴訟で、長崎地裁は9日、原告44人のうち「黒い雨が降った」と認めた爆心地東側の旧矢上村、旧古賀村、旧戸石村(いずれも現在は長崎市)の3村にいた15人のみに被爆者手帳を交付するよう長崎市と県に命じた。勝訴した15人について控訴するかなどについて長崎市、県ともに「厚生労働省と協議する」としているが、被爆地の自治体としてどう対応すべきか。被爆者援護行政に詳しい田村和之・広島大名誉教授(行政法、社会保障法)に聞いた。【尾形有菜、樋口岳大】
国の意向関係なく
長崎市と県は、国の意向に関係なく独自に控訴しないことを判断し、被爆者手帳を交付できる。判決で被爆者と認められた15人の原告には速やかに手帳を交付し、原告以外の被爆体験者についても救済の措置を講じるべきだ。
長崎市や県が担う手帳交付などの被爆者援護事務は地方自治法で「国が本来果たすべき役割に係るものであって、国においてその適正な処理を特に確保する必要があるもの」と定められた「法定受託事務」だ。かつては自治体が国から指揮監督を受ける「機関委任事務」だったが、地方自治体の自治権を拡大させた2000年の地方自治法改正で法定受託事務となった。
自治体が自主的に
自治体は国の下請け機関ではなく、法定受託事務は基本的には自治体が法令の下で自主的に処理するものだ。「国に代わって」処理するものではない。
法定受託事務は「国が本来果たすべき役割に係るものであって、国においてその適正な処理を特に確保する必要があるもの」と定められているが、旧機関委任事務のように国が指揮監督できるわけではなく、自治体が国の指示通りに事務処理をしなければならないという法的な仕組みになっていない。
ところが、被爆者援護事務を担う都道府県や長崎市、広島市には「厚労省の事務だから、厚労省の指示や意向に従わなければならない」という認識が定着しているようだ。これはとんでもない誤解だ。背景には、長年の厚労省と自治体の力関係の中で、事務処理について自治体がことあるごとに厚労省の意向をうかがったり、指示を受けたりする体質になってしまっているという問題がある。
地方自治法には、自治権が保障されている自治体に対して国が関与するには法令によらなければならないという「関与法定主義」が定められ、法定受託事務については国が自治体に「助言」や「是正指示」などができるとされている。
一方で、長崎市や県は「控訴しない」と決められるかについて、国と「協議」し「承認」を得る必要があると考えているようだが、こうした協議や承認は地方自治法にも被爆者援護法にも基づかないものだ。訴訟行為は法定受託事務ではなく、自治体が自主的に決定できる。
過去には、在韓被爆者への手帳交付などを巡る訴訟で敗訴した大阪府の橋下徹知事(当時)が09年に国の控訴要請を拒否して控訴しなかった事例などもある。長崎市長、知事とも「控訴しない」との姿勢を強く示す必要がある。
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