消えゆく集落には、先人たちのどんな記憶が刻まれているのか――。歴史や建築の専門家らが7月下旬、千葉県芝山町の加茂、菱田東、中郷、中谷津の4地区を巡った。成田空港C滑走路(3500メートル)の新設などの拡張予定地となる地区だ。
メンバーは千葉大などの研究者らでつくる「北総地域資料・文化財保全ネットワーク(北総ネット)」と町教委の職員ら約10人。地区内にある公民館や寺院を訪ね、石塔や地域資料などを調べた。
北総ネットは、空港拡張に伴う住民の移転や建物の撤去に伴う歴史資料の消失や散逸を防ごうと、今年5月に設立された。地元の「しばやま郷土史研究会」や町教委と連携し、資料の所在確認や記録などを進めている。
各地区では、新年に豊作を占う行事「オビシャ」や、子授けや安産の神「子安神」を祭る子安講などが行われてきた。公民館にはオビシャで使う道具や子安観音の掛け軸、「奉納 子安大神」などと書かれたのぼり旗などが保管されていた。
また、地区の会計簿や神社の氏子組織の出納帳、農家で共有していたトラクターの利用記録も確認され、戦前の資料も残されていた。
加茂地区の普賢院、菱田東地区の薬王院も訪ねた。普賢院の境内には樹齢300年とされ、町の天然記念物に指定されているマキの木がそびえ立つ。本堂の正面には竜などの彫刻が施され、メンバーからは「取り外せるなら3Dスキャン(三次元計測)で記録できるかもしれない」との声も上がった。
9月上旬に数日をかけて、4地区の本格的な調査に入る予定だ。
地域資料「価値の重要さ」気づき
北総ネットの設立を呼びかけたのは、同町岩山出身で長野大教授の相川陽一さん(46)。改めて4地区を訪ね、「貴重な資料が公民館にこんなに残されているとは思わなかった。一方で、住民の移転や家屋の解体のスピードは想像以上に速い。建築物の記録を急がなくては」と話す。
相川教授は近現代史を専攻し、成田空港問題について研究。大学生・院生の頃から反対運動に関わった人らの聞き取りをしてきた。
C滑走路新設などの空港拡張は2018年、国、県、地元9市町、成田国際空港会社による四者協議で合意された。その後、コロナ禍があり、相川教授はなかなか帰郷できずにいたが、その間も動きは着々と進んでいた。
23年秋に知人から住民の移転が既に始まっていると聞かされた。24年3月、町教委で現状を聞いて、保存が必要な文化財や地域資料の「量の膨大さ」と「価値の重要さ」に気付かされた。「研究者として地域の歴史の保存と記録に取り組まなくては」と思い、町教委と郷土史研究会に協力を申し出た。
拡張予定地に含まれるのは4地区の計約130戸。町内では02年に運用が始まったB滑走路の騒音対策でも住民の移転があったが、当時は集落ごとの集団移転が主で、住民同士のつながりは維持された。だが、今回は戸別の移転を選ぶ世帯が主で、コミュニティーがばらばらになってしまうケースが多い。
相川教授は「芝山で今起きていることは、数百年にわたってさまざまな歴史を乗り越えてきた日本の村落が解体していく兆しを示すものではないか」と話し、危機感を募らせる。
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地域の世代交代や古民家の解体などで、古文書や民俗道具など地域の歴史資料の消失が郷土史研究の課題になっている。成田空港の拡張工事が進む芝山町で、郷土の歴史を紡ごうとする人々の姿を紹介する。【小林多美子】
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