俳優、声優として数多くの映画やドラマなどで活躍し、3月14日に81歳で死去した寺田農(みのり)さん。昨年まで本紙読書面の書評コラム「本ナビ+1」で健筆もふるい、選書や原稿には常に〝本物〟へのこだわりが感じられた。紙面と寺田さんの言葉を振り返る-。
「本ナビ+1」は平成30年5月にスタート。各界の著名人10人が交代で、おすすめの本を毎回2冊紹介するコラムで、寺田さんは同年7月14日から令和5年10月21日まで28回、56作品を紹介した。
第1回で取り上げたのは大学教授、歌人の永田和宏著『知の体力』。「『何も知らない<私>を知ること』にこそ学問、読書の意味があるという」と読書面らしい切り口で、「大学受験の勉強に汗を流している若者に、ぜひとも読んでほしい」とも呼びかけた。
選書はさまざまなジャンルに及んだが、俳優として映画、テレビや、落語、能など古典芸能本の評はさらに読み応えがあった。
元年9月14日は前年に亡くなった俳優、樹木希林最後のロングインタビュー本『この世を生き切る醍醐味(だいごみ)』を紹介。樹木とは文学座の演劇研究所同期で、本書に「お互い18歳の春、(中略)出会ったころの素顔の希林さんが見える」。そして、その生きように「スターを超え、役者をも超えた『カリスマ』を感じる」と改めてしのんだ。
2年11月14日は俳優、三木のり平の評伝『何はなくとも三木のり平』で、パロディーの舞台小道具にも本格を求めた三木を「私の生涯の師でもある」。併せて、この年に死去したお笑いタレント、志村けんの自伝『変なおじさん 完全版』を挙げ、「志村の笑いには、のり平と同じ、芸としての本物の笑いがある。だからこそいまなお多くの人に愛される」とつづった。
浪曲師、玉川奈々福著『浪花節で生きてみる!』の評(3年4月10日)では「日本語の美しさ、魂の叫び、語りの芸の奥深さ、そのすべてを兼ね備えた浪曲の魅力を伝えている」と紹介。埋もれた〝本物〟の芸に光をあてることも。
親交があった映画監督、相米慎二著『相米慎二 最低な日々』の評(3年11月6日)では、「相米没後20年。日本映画はますます不自由になり、つまらなくなった」などと厳しい目を向けることもあったが、テレビや映画を愛する思いには寄り添った。
5年2月に死去した映画評論家、山根貞男編『日本映画作品大事典』の値段は4万7300円。紹介するには高額だが、寺田さんの熱烈な推しで同年3月25日の評は「生涯をかけて日本映画を愛しぬいた山根貞男の集大成である」。
連載中の3年11月、36年ぶりの主演映画「信虎」が公開となり、インタビューした。武田信玄の父・信虎を描いた時代劇で、登場する武具や調度品、ロケ地の寺や城まで〝本物〟にこだわった作品。久しぶりの主演について、「脚本で主役(の状況)はすべて描かれているから、そこにすっと入っていけばいい。脇はそこまで描かれていないから自分なりの腕や小細工が必要。主役は楽だな」などと言いつつ、俳優生活60年にして「芝居ってちっともうまくならない」と嘆きも。
声優を務めたジブリ映画「天空の城ラピュタ」の名セリフで、「信虎」でも使われた「目が、目が…」の話題から、「今や年齢(とし)が、年齢がだね」と笑った。
コラム掲載は2カ月半に一度。やりとりはほとんどメールと電話だったが、原稿だけは印字したものがファクスで送られてきた。それも形あるものへのこだわりだったのかと思う。
積み重ねた俳優歴、見識の重みと深みがにじんだ原稿から、読書はもちろん、生き方の指針も教えられた気がする。(三保谷浩輝)
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