「東アジアの和解と平和」をテーマに、首都圏の大学生たちが今冬、若手クリエーターから脚本や映画を募集する映画祭を開く。準備を進める実行委の大学生たちは、日韓両国にルーツを持ちアイデンティティーに悩んだり、ロシアによるウクライナ侵攻に反対するデモに参加してから「自分に何ができるのか」と自問自答を繰り返したりしてきた。それぞれ思い悩みながら、和解学という新しい学問領域のもとに集い、映画祭企画につながった。
和解学はドイツから始まった。早稲田大国際和解学研究所の浅野豊美教授は「国民こそが外交、民主主義の基礎なのに、国民という集団に共有される記憶や感情がいかに紛争を生み出すのかについては、既存の学問からこぼれ落ちてきた」と強調。「和解学とは、こうした記憶や感情が相互に摩擦する紛争を対象とする学問」と説明する。和解学研究は、2017年度から文部科学省の「新学術領域研究」に選ばれ助成を受けた後、23年度からは「国際先導研究」に採択された。
和解学をきっかけに集まった学生らによる映画祭は「ERIFF国際和解映画祭」と銘打ち、研究所と実行委が共催する。早大大隈記念講堂で11月30日に映像部門、12月1日に脚本部門のコンペティションを一般公開で開く。審査員は、映像製作会社「テレパック」取締役の沼田通嗣氏、日本放送作家協会理事長を務めた脚本家のさらだたまこ氏ら。
実行委に参加するのは、早大のほか、国際基督教大など首都圏の学生ら十数人。浅野教授のゼミ生のほか、自主的にオンラインで開く勉強会などで、共に和解学を学ぶメンバーだ。「国籍や人種、世代を超えて、映画は心を重ねられる」と、映画という手段を選んだ。実行委の担い手不足のため一時中止も心配されていたが、今年で4回目となる開催に向けて動いている。
メンバーの一人で、慶応大2年の小川明里さん(21)は、母が韓国人。日韓両国にルーツがあることで悩みを抱えてきた。小学生の頃、授業で日韓の歴史問題に触れた時、教室で「韓国、嫌だ」という声が上がった。「それからはルーツを隠したいと思うようになった」。中学生になると、今度は韓流ブームで韓国アイドルが好きな友人が増え「うらやましい」と言われるように。うれしかったけれど、モヤモヤした思いが消えなかった。
「一時のブームではなく、本当の意味でお互いの心を分かり合えるアプローチが、和解学にはあるかも」と実行委に参加した。「モヤモヤした思いを原点に『日韓の懸け橋になる』という目標を持てるようになった」と語り、映画祭の準備に奔走する。
早大4年の宮本純那さん(21)もまた、韓国にルーツがあり「自分のバックグラウンドと向き合いたい」と和解学の授業を受講した。映画を通して「国際和解」を形にしようという実行委に参加し「(実行委が)アイデンティティーに悩む自分にとっての居場所になった」と語る。
ロシアによるウクライナ侵攻が始まった2年前、東京・渋谷で開かれたデモで反戦を訴えた学生も加わる。津田塾大4年の土井美亜さん(22)。「当然だと思っていた平和が、あっという間に奪い去られるのは理不尽」。そう思ってデモに参加したが、その後も世界で紛争はなくならない。SNS上で悲惨な映像を見る度に、無力感にさいなまれてきた。
「自分は何ができるのだろうか」。自問自答する中、実行委のメンバーと出会った。「映画を入り口に、自分たち自身も、参加してくれる人も、身の回りに散らばる争いや差別から目を遠ざけず、平和を考えるきっかけになれば」
実行委は映画祭を実行する経費を募集するクラウドファンディングを実施している。6月7日まで。詳細はウェブサイト(https://for-good.net/project/1000635)。【宇多川はるか】
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