世界最古の長編小説とされる「源氏物語」を書いた紫式部が主人公のNHK大河ドラマ「光る君へ」。色鮮やかな平安絵巻の世界を作り上げているのが、NHKの美術チームだ。大河ドラマは戦国時代や幕末が多い上に、「風と雲と虹と」に次いで2番目に古い時代を扱う今作では、従来のセットや長年培ったノウハウが使えない。地道に取材や時代考証を重ねた末に、華奢で優美な平安時代の雰囲気を現代によみがえらせた。14日放送の第15回「おごれる者たち」で登場した、石山寺の美術セットの舞台裏を取材した。
平安女流作家に人気の寺
大津市の南端に位置する石山寺は、奈良時代に創建された古刹。自然豊かな境内には奇岩や怪石が点在し、天然記念物の「硅灰石」も見られる。今も観光名所として人気の場所だが、平安時代、貴族の間では石山詣がはやったという。紫式部が源氏物語の着想を得た地とも言われており、本堂の一角には、物語を執筆したとされる「源氏の間」もある。平安の女性作家に人気で、「枕草子」や「更級日記」にも登場し、「文学の寺」とも呼ばれている。
第15回で、さわ(野村 麻純)に誘われ石山寺を訪れたまひろ(後の紫式部、吉高由里子)は、藤原兼家(段田安則)の妾で、「蜻蛉日記」を記した寧子(財前直見)と出会う。日記に妾としての悲しみを文章でつづることで、自分を救ったという寧子の言葉は、まひろの人生に大きな影響を与えた。
石山寺縁起絵巻を読み解いて
美術チームは、実際に現地を取材。NHK映像デザイン部チーフ・ディレクターの山内浩幹さんは、「紫式部が石山寺参籠中に源氏物語を起筆したという伝説もあり、ここで過ごした時間が後の彼女に何らかのインスピレーションを与えたであろうゆかりの地。本堂、巨岩、月見亭など、取材で得られたエッセンスを再構築し、凝縮した番組オリジナルの石山寺をスタジオに表現しました」と話す。
デザインを担当したのが、NHKアートの羽鳥夏樹さんだ。「石山寺は広い境内に山や谷、川もあり、楽しめる要素が多くあった。昔も、『石山寺に行ってみよう』っていうぐらいの感じで、貴族の中では小旅行感がある雰囲気だったのでしょう。その見どころを、セットの中に散りばめたいと思いました」。舞台となる場所と歴史を調べるだけではなく、訪れる人の様子までも想像し、イメージを広げていく。
現地取材に加えて、参考にしたのは「石山寺縁起絵巻」だ。石山寺の成り立ちや歴史について描かれたもので、鎌倉時代に制作が始まり、およそ500年かけて完成したとされる。
羽鳥さんは「石山寺縁起絵巻を見ると、本堂などの建造物が赤や青、緑といった色彩で描かれていました。こういうエッセンスをなんとかスタジオの中に凝縮して表現しました」と語る。
出来上がったセットを見ると、朱色の本堂に緑色の建具が鮮やか。建物の間を紅葉した木々が彩り、華やかな雰囲気を漂わせる。「時代考証の先生からは、特に格式の高いお寺は丹(に)塗りだったというお話も伺い、それもヒントにしました」。一方で、本堂の中は、参籠しやすいように板張りに。屏風や几帳も配置されているが、「男女が一堂に介する場所ということで、プライベートを確保できるようにそれぞれが、持ち込んだという設定です」と羽鳥さん。
月見亭から着想
まひろと寧子が語り合ったのが、境内の一角にある建物だ。現存する月見亭からインスピレーションを得て作られた。周囲には、紅葉した木々のほか、石山寺の雰囲気を出すために、うねるような巨石も配置されている。
石山寺は月の名所としても知られており、月見亭は、後白河上皇の行幸の際に建てられたとされる。崖の上にあり、琵琶湖を一望できる。
羽鳥さんは「まひろが月を見て、もの思いにふけったり、インスピレーションを得たりした場所です。寧子との出会いもあったし、風情がある風光明媚な場所にしたかった」と話している。現存する場所もそのままではなく、ドラマに合う形で再構築されるのだ。
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「光る君へ」美術チーム
平安時代以前の建築や資料館などの取材や、文献・資料・映像作品などを研究。デザインコンセプトを設計し、美術的な世界観を構築。装置、装飾、造園、扮装などのチーム、撮影や照明担当と連携してドラマの世界観を作りだす。
羽鳥さんは、日活芸術学院で映像制作を学びフリーランスで映画やCMの現場を経てNHKアートに入社。今作では庶民の街などのオープンセットや東三条殿のセットを担当。これまでに大河ドラマ「真田丸」「西郷どん」などに関わった。
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