政府が昨年12月に示した「資産運用立国実現プラン」。その中核的な取り組みとして金融庁が「資産運用業の改革」を進めるなか、新たな施策として企業型確定拠出年金(企業型DC)の運営管理を担う「運営管理機関」のモニタリングに乗り出す。
金融庁による資産運用業へのモニタリングでは近年、「仕組み債」「外貨建て一時払い保険」にリソースが割かれ、行政処分や販売停止に至る銀行が出るなど、多くの問題が表面化した。運営管理機関に対するモニタリングでも、加入者の最善の利益を損なう不誠実な業務運営があぶり出される可能性がある。
目立つ割高な信託報酬
企業型DCを含む企業年金は厚生労働省の所管だが、DCの運営管理を担う運営管理機関は厚労省と金融庁の共管となっている。これまで運営管理機関に対する踏み込んだモニタリングは行われてこなかった。
しかし、昨年11月に金融サービス提供法の改正が成立。企業年金も「顧客等(年金加入者)の最善の利益を勘案した誠実公正な業務運営」が求められることを受けて、金融庁が運営管理機関の実態を把握するモニタリングに本腰を入れる。
運営管理機関は略して「運管」と呼ばれることが多い。2023年10月時点で銀行や信金、証券、保険会社など223社が登録されている。
DCには企業型と個人型(iDeCo)があり、金融庁がモニタリングに乗り出すのは企業型DCだ。企業型DCでは、企業が従業員(加入者)の老後資金として掛け金を毎月拠出するが、その運用は従業員が一定の金融商品の中から投資する商品を選んで、自ら行っている。
従業員が投資する金融商品の選定を担っているのが運営管理機関だ。金融庁のモニタリングでは、加入者の最善の利益を勘案した商品選定が行われているかが「重要な着眼点になる」(金融庁幹部)という。
企業型DCをめぐっては、資産運用業の改革で論点となってきた課題が今なお散見される。商品選定でも加入者の利益を損なうような実態が一部で見られる。
その1つが、投資信託の保有中にかかるコストの高さだ。
投信の管理・運用経費として差し引かれる信託報酬は、一般に販売されている公募投信だと価格競争が進んだことで最低水準が0.05%台にまで下がっている。一方、昨年12月に企業年金連合会がまとめた報告書では、企業型DCの信託報酬の高さが目につく事例が示されている。
例えば、信託報酬が抑制傾向にあるパッシブ運用型の投信であっても、選定されているほとんどが0.7~0.8%台の割高な商品というケースがあった。ほかにも、手頃に分散投資を行えるバランス型投信がすべてアクティブ運用のために、信託報酬が高めに設定されていた事例もあった。
その要因として挙げられるのが、商品ラインナップの見直しが進んでいないことだ。企業型DCは制度発足から22年が経過しているが、信託報酬が高かったかつての投信がそのまま選定されているケースが珍しくない。
2018年の制度改正により、加入者の3分の2の同意が得られれば選定している金融商品を除外(現金化)できるようになっている。ただ企業年金連合会の実態調査(2021年度)によると、この年度に除外を行ったDC導入企業の割合はわずか3.1%だった。
信託報酬が安価な投信を新たに追加しても、現状は割高な投信と併存している。商品を乗り換えない限り、割高な信託報酬の投信を持ち続けることになってしまう。
専用商品に固執する「本音」と「歪み」
企業型DCでは、運用会社が「DC専用商品」として組成している投信から選定することが一般的だ。
ある運営管理機関の幹部は、「運管が今もDC専用商品ばかりを並べる裏には、企業型DCの信託報酬を壊したくない意図もある」と打ち明ける。それどころか、導入企業から「加入者の利益を損なうような投信をラインナップに加えてほしいと要請されることもある」と話す。
取引のある大手金融機関が導入企業に対して「当社の運用子会社のDC専用商品を扱ってほしい」と持ち掛けることで、「割高な信託報酬や運用成績が乏しい投信が選定商品に含まれるケースもある」ようだ。
割高な信託報酬の投信が選定される背景として、企業型DCのビジネスモデルが抱える「歪み」も指摘されている。
運営管理機関の収益は導入企業から得る「運営管理手数料」だが、運営管理機関の幹部などによれば「運管業務をペイできるほど十分な手数料を得ているわけではない」。つまり投信の販売会社(商品提供機関)として得られる信託報酬で事務コストの赤字を補填しようとするインセンティブが働くわけだ。
だが、そのシワ寄せは当然にして加入者にいく。金融庁は「まずは運営管理機関の収益構造や運営実態を把握し、ビジネスモデルの歪みによって加入者の利益が損なわれていないかを分析したい」(幹部)としており、業界共通の重要課題を分析してから個別の監督を行う構えだ。
ほかにも、「金融グループの取引関係による商品ラインナップの偏りなどを把握したい」意向で、いわゆる「系列」の問題なども重要なモニタリング項目に上がるとみられる。
過去のモニタリングでは問題が表面化
金融庁による資産運用業へのモニタリングでは、さまざまな問題があぶり出されてきた。
仕組み債のモニタリングでは、千葉銀行、武蔵野銀行、ちばぎん証券の3社に業務改善命令を発出。処分前から業界として仕組み債の販売を控えたことで、地銀の証券子会社27社のうち10社が2023年3月期決算で赤字に陥った。
外貨建て一時払い保険のモニタリングでも、地銀などで販売自粛や勧誘を見合わせたり、外貨建て保険に重きを置いてきた業績評価体系を見直したりといった動きが相次いでいる。
次にモニタリングのリソースを割くことになる企業型DCをめぐっても、業界の行動変容につながる問題が指摘される可能性が高い。加えて、運営管理機関を変更すると記録関連業務を担うレコードキーパーも変わり、過去の取引データを引き継げなくなってしまうために「導入企業が運管を変更できない」といった課題などにも目が向けられる可能性がある。
もっとも、金融庁のモニタリングを待たずして、自主的な変革の動きも出始めている。
グループ内の70社、約9.8万人が加入する日立グループの企業型DCは、2019年4月に選定商品を抜本的に見直した。加入者の利益や理解のしやすさなどを踏まえて、それまで18本あった商品数を9本に絞った。選定された投信8本はいずれも低廉な信託報酬だ。
特筆すべきは、それまで8本だった元本確保型商品が1本だけになったこと。資産運用立国実現プランでは、加入者の運用について「インフレリスクを十分考慮する必要があるが、現状では元本確保型のみで運用している加入者が約3割」に上ることが指摘されている。
その要因の1つと考えられるのが、元本確保型が商品ラインナップの多くを占めることで、無意識に比重を置いてしまう心理的な影響だ。実際、日立によれば、元本確保型を1本に絞ったところ、新規DC加入者においてそれまで2~3割だった投信のみでの運用比率が6割強に増えているという。
価格破壊の波は企業型DCにも
信託報酬の価格破壊の波も企業型DCに及び始めている。
類似した商品性であっても設定時期によって信託報酬が大きく異なる「一物多価」が問題視される中、三菱UFJアセットマネジメントは2023年5月から8月にかけて、過去に設定したDC専用パッシブ商品の信託報酬を主要ファンド並みに引き下げた。
業界最低水準の信託報酬などから公募投信で高い支持を集める「eMAXIS Slimシリーズ」も、北國銀行が今春から企業型DC商品として初めて取り扱いを開始。今後の広がりが期待されている。
企業年金をめぐっては、行動原則となるアセットオーナー・プリンシプルの公表が今夏に控えているほか、厚労省でも運用成果の「見える化」の議論が進んでおり、資産運用立国に向けた議論の中核的な存在になっている。そうした一連の取り組みとして金融庁のモニタリングも動き出す。
企業型DCの加入者は800万人を超え、今後も増加する見通しだ。金融庁には金融機関の投信販売などの分析を通じたモニタリングの知見があり、その知見を企業型DCにも振り向ければ加入者の利益につながる。野村証券・確定拠出年金部の鈴井浩史氏は、「加入者の最善の利益を図るうえで金融庁のモニタリングには意義がある」と期待を寄せる。
企業型DCの商品選定やガバナンスのあり方が大きく変わろうとしている。
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