異色の起業家が電気を船で運搬する構想を具体化しようとしている。

電気運搬船「Power Ark 100」のイメージ画像。2026年完成を見込む(提供:パワーエックス)※本記事は2024年5月10日6:00まで無料で全文をご覧いただけます。それ以降は有料会員限定となります。

まさに前代未聞、度肝を抜く構想だ。

蓄電池事業のスタートアップ企業パワーエックスは、子会社として「海上パワーグリッド」(海上PG)を設立。横浜市、東京電力グループの送配電企業である東京電力パワーグリッド(東電PG)と連携し、浮体式洋上風力発電所で発電した電気を船で運搬して横浜市内に供給する構想を明らかにした。

この「電気運搬船」という構想は、実現すれば世界初になるという。海上PGはパワーエックスの100%子会社として2024年2月に設立。今後はさまざまな業種の企業による資本参加により、公共性の高い事業を目指す。

横浜市、東電PG、海上PGの3者は4月24日、横浜市臨界部での電力供給拠点の構築検討に関する覚書を締結。横浜港に寄港するクルーズ船への電力供給などを見込んでのインフラ整備を進めることで合意した。

「カーボンニュートラルポート」(脱炭素港湾)を目指す横浜市が事業用地を確保し、東電PGが変電・送電設備など主に陸上のインフラを整備する。海上PGは、相模湾沖などに設置した浮体式洋上風車で発電した電気を、専用船に搭載した大量の蓄電池に充電し、横浜港に運ぶ構想を描いている。横浜市の山中竹春市長は「世界初の取り組みを通じ、横浜が日本の脱炭素化を牽引する」と意気込む。

相模湾沖で発電し、船で横浜へ届ける

パワーエックスによれば、「Power Ark 100」と呼ぶ、初号船となる電気運搬船は全長約147メートル、総トン数9200トンで、20フィートコンテナ相当の大きさの96の蓄電池ユニットを搭載する。電池の総容量は240メガワット時を見込む。電気運搬船1隻で、約2万世帯の1日分の電気を1回で運ぶことができるという。

そして将来は蓄電容量が倍の船6隻を稼働させることにより、相模湾沖などに設置した1ギガワット(100万キロワット)の洋上風車の電気を毎日、横浜市などの首都圏に届けることができるようにする。技術の進歩もあり、90万世帯の1日分の電気を賄うことができるという。

横浜市、東京電力パワーグリッド、海上パワーグリッドの覚書締結式。右端の人物が伊藤正裕氏(撮影:筆者)

東電PGの佐藤育子常務執行役員は、「再生可能エネルギーが増えていく中、蓄電池を効率よく活用することで、需給変化に対応できる。(海上PGについては)重要な蓄電池の顧客として期待している」と語る。

海上PGおよびその親会社であるパワーエックスを創業した伊藤正裕社長は、異色の経歴を持つ起業家だ。伊藤ハム創業者の孫として生まれたが、家業は継がずに17歳でIT企業のヤッパを創業。同社をスタートトゥデイ(現ZOZO)に売却後、ZOZOでは最高執行責任者(COO)として「ZOZOSUIT」の開発などを担当した。

「ZOZOでCOOをやっていた時、投資家からESGに取り組まないと株を売るぞと言われた。ESGって何だというところから始まり、電気をクリーンにしないとZOZOの二酸化炭素(CO2)が減らないことがわかった。でも、再エネはなかなか手に入らず、EVトラックも世の中にはなかった。洋上風力発電も海底送電線がネックで事業化は難しいという。ならば船で電気を運べないか。そのためにも蓄電池事業をやろうと考えて、パワーエックスを設立した」(伊藤社長)

それから3年。創業来温めてきた、電気運搬船の構想が具体化する。

電気運搬船の初号船は2026年完成見込む

伊藤社長は単なる「夢」を語っているわけではない。パワーエックスが岡山県玉野市に建設した国内最大の蓄電池工場では、水冷蓄電池モジュールの量産を今夏に開始する。「同モジュールは2年以上かけて認証団体と議論を重ねて設計し、ようやく製造ラインを作るところまでこぎ着けた」(伊藤社長)。

パワーエックスが岡山・玉野市に建設した蓄電池工場Power Base。ここで電気運搬船用の蓄電池モジュールを生産する(提供:パワーエックス)

そして、同蓄電池を搭載した初号船となる電気運搬船については、詳細仕様書を今夏までに作り上げ、2025年中に建造を開始。2026年内に船を完成させる計画だ。そして、「2026年から電気運搬船の実証実験を行い、浮体式洋上風力発電所からの電気運搬は2020年代後半ないし2030年代初めに実現させたい」と伊藤社長は語る。

これまで、船による電気の運搬はアイデアこそあったにせよ、真面目に事業化を考える人はいなかった。蓄電池は長らく高価であり、大量の電気を船で運ぼうとしても、コストが合わないと思われてきたためだ。電気は送電線で運ぶほうがはるかに安いというのが業界の常識だった。

伊藤社長はそうした常識を覆すことに挑戦しようとしている。伊藤社長いわく「蓄電池のコストはこの1年で約4割も下がっている。2030年まで到達しないだろうと言われてきた超低価格に達している。当社が手掛けるリン酸鉄系の蓄電池は供給過剰が指摘されている」。

そのため、「船に大量の蓄電池を搭載しても電力量当たりの総コストはさほど高くならず、海底に送電線を敷設する場合と比べても安くできる。多額の補助金が得られなければ実現できないというビジネスではない」とも伊藤社長は説明する。

日本の地理的特性に着目、火力インフラを有効活用

現在、海底送電線の敷設実績は水深が300メートルよりも浅い海域にとどまる。それよりも深い海域では、敷設時の張力の増加への対応、補修技術の確立など、未解決の課題が多くある。「日本の排他的経済水域(EEZ)の約9割は300メートルよりも水深が深い海域が占めている。EEZでの浮体式洋上風力発電を実用化するには、そこから需要地まで船で電気を運ぶのが理にかなっている」(伊藤社長)。

電気運搬船の想定運航エリア。日本の排他的経済水域を幅広くカバーする(提供:パワーエックス)

「今後、脱炭素化の進展に伴い、多くの火力発電所が閉鎖を余儀なくされる。そこにある港湾設備や大都市につながる送電線をそのまま活用できるという点でも、船による電気の運搬は適している」(伊藤社長)ともいう。

安全上の課題にも取り組んでいる。一般に蓄電池は発火しやすく、火災リスクが大きいと見られてきた。この問題解決についても力を注ぐ。船に搭載する蓄電池はきわめて高い安全性が求められることから、「火災リスクのないリン酸鉄系の蓄電池を使用。非常に頑丈なアルミの筐体で囲うなどさまざまな安全対策を講じている」(伊藤社長)。

電気運搬船には、ほかにもさまざまなビジネスの機会があるという。

電気をためたり、放出したりすることで、調整力として活用できる。太陽光発電による発電量が多く、電気が余りがちな昼間は一般に電力市場での価格が安い。その時にCO2排出量の少ない電気を蓄電して需要が多く価格の高い夕方から夜に電気を供給するといった、時間差を活用したビジネスが可能だ。

また、「九州や北海道など再生可能エネルギーが豊富なエリアで蓄電し、需要の多いエリアに運搬するといった地域の違いを活用したビジネスも考えられる」(海上PGの佐藤直紀取締役)。

海上PGでは電気運搬船を使用して、離島に電気を運ぶといった提案もしている。島の多いアジアならではの価値を生み出すこともできるという。

脱炭素化でゲームチェンジャーになるか

もちろん、こうした構想を実現するためには多額の資金が必要になる。

蓄電池事業を手掛けるパワーエックスには多くの企業が関心を示している。これまでに同社には日本郵船や三井物産、三菱UFJ銀行、三菱商事、J-POWER、東北電力、今治造船といった大手企業が出資し、累計資金調達額は銀行融資を含めて232億円に達している。同社は2023年末、充電ステーション向けなどの蓄電池製品の出荷・納入を開始した。

そして今回、伊藤社長が2021年のパワーエックス創業以来、構想を温めてきた電気運搬船の実用化に踏み出す。電気運搬船は、脱炭素化で後れを取ってきた日本のエネルギーシステムのゲームチェンジャーになるのか。多くの関係者が注目している。

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