ラピダスはIBM技術を用いて先端半導体の量産を目指している。中央が小池淳義社長(撮影:尾形文繁)世界最先端となる「2ナノ」世代の半導体量産を目指す国策企業のラピダス。これまでに政府から最大9200億円の支援を受けることが発表されている。同業の半導体製造受託企業(ファウンドリー)で世界トップの台湾TSMCとの競合を避けるため、ラピダスは数量を追わず製造のスピードを重視するという「中規模ファウンドリー」戦略を打ち出している。同社について「ビジネスへの考え方がまったく見えてこない」と指摘するのは、『半導体逆転戦略』を上梓した早稲田大学大学院経営管理研究科の長内厚教授だ。経営学の観点から、ラピダスの問題はどこにあるのか。

失敗をトレースする懸念

——ラピダスの経営戦略を、どう評価しますか。

ラピダスは日本のエレクトロニクス産業が失敗してきたプロセスをそのままトレースしそうな気がしてならない。

問題点は2つある。1つは、どう他社と差をつけるのかが怪しいことだ。

2ナノの技術ではアメリカのIBMと、製造装置ではベルギーの半導体研究機関であるimecと提携している。ただ多くのエンジニアが指摘しているが、どちらも量産のノウハウを持っているわけではない。規模を追わない中規模ファウンドリーで、本当にコスト競争力のある半導体が作れるのかという指摘もある。

量産できたとしても、2ナノであることが差別化要因にならない可能性が大きい。TSMCもサムスン電子も2025年から2ナノの生産を開始すると言っている。 ラピダスはうまくいっても2027年。今誰も作ってないから一見差があるように見えているだけで、2年後の状況を考えたときに本当にそうなのかはわからない。

もう1つは、誰に売るのかが怪しいことだ。

たとえばTSMCの熊本工場は、すでにトヨタやソニーなど顧客が見えている。自動車産業では半導体需要がますます増えるし、ソニーのCMOSイメージセンサー向けのロジック半導体需要はこれからも旺盛だろう。

ラピダスにはそうしたストーリーがなく、とにかく「技術的に新しいものを作ればAIか何か向けに売れるはず」という思い込みがある。戦略の基本は「どう製品を差別化するか」と「どう敵がいない新しい市場に出るか」。こうしたビジネスのありように対する考えが、まったく見えてこない。

TSMCのさまざまな施策

——ビジネスのありようとは、具体的にどのようなものでしょうか?

TSMC創業者のモリス・チャンは、台湾当局のプロジェクトで新規開発案件を進めるとき、エンジニアにビジネスマインドを持たせるために「フィフティ・フィフティ」の制度を導入した。開発費の50%は税金から出す、残り50%はエンジニアが自分で民間からの投資を募ってこいと。

おさない・あつし/1972年生まれ。1997年京都大学経済学部経済学科卒業、ソニー入社。2007年に博士(経済学)取得、神戸大学経済経営研究所准教授。2011年早稲田大学商学学術院 大学院商学研究科ビジネス専攻(早稲田大学ビジネススクール)准教授。2016年より現職(撮影:梅谷秀司)

そうすることで、ビジネス的にありえないストーリーでは出資が得られず研究が前に進まない。結果的にエンジニアがビジネスマインドを高めていくしかなかった。

そういうさまざまな施策があって今のTSMCがある。技術習得からビジネスまで、エンジニアが全体を見られる状態を作ったことが大きかった。

日本のエンジニアが単に技術領域でがんばっても、TSMCには絶対になれない。TSMCより規模の小さいファウンドリーを目指して、この業界で本当に生き残れるのかは怪しい。

——ラピダスは差別化戦略として、新しい製造方法を導入することで製造期間を大幅に短縮することを掲げています。

戦略の可能性が狭すぎる。スピード戦略を掲げて、達成できなかったときにどうするのか。プランBがない。そうとうな額の公費を長い間つぎ込んだ末にプランBがないというのは、許される状況ではない。

もちろんラピダスが追い詰められた結果、そこでブレイクスルーを生み出す可能性はゼロじゃない。もしかしたらTSMCをはじめ大手企業は、規模が大きいのでラピダスのような効率化を図らなくてもよかっただけなのかもしれない。でもラピダスが実現できたら、競合も同じことをやり始めるだろう。そのとき、ラピダスの優位性は何になるのか。

装置・材料メーカーはラピダスが最優先ではない

——量産に欠かせない装置や材料メーカーとの連携にも、疑問を呈しています。

国が前のめりだからこそ、 各社の思惑が読みにくくなっている。出資会社も含めて前向きな意思表示をせざるを得なくなっている。装置や材料など関連メーカーにとって、何社かある顧客の1つとして一定のリップサービスは必要かもしれない。でも海外の大手メーカーよりも最優先でラピダスに協力するわけではないだろう。

だから、とにかく半導体生産では数を追うことが重要。生産数が増えれば、それだけ装置や材料メーカーにとって重要顧客になる。

——とはいえ、これまでに1兆円近くの公費が投入されています。これからラピダスが目指すべき方向とは。

量産を目指すのなら、なぜ量産ノウハウを持っている会社と提携しないのかが不思議だ。現状では研究機関のimecやIBMと協力しているのみ。ラピダスの小池淳義社長は日立製作所時代、台湾大手ファウンドリーであるUMCと合弁を組んだ経験もある。なぜ今回はそういう経験のあるファウンドリーを巻き込んでいないのか。

できない事情があるのかもしれないが、もし軽視しているのだとしたら非常に問題だ。「韓国や台湾にできることは日本でもできるんだ」という根拠のない精神論で彼らと手を組んでいないのだとするともったいない。

逆に、自分たちでは量産を目指さないのも1つのやり方かもしれない。アメリカに製品のノウハウを提供するようなテスト用ラインだけを持った会社になるというような。

もしくは日本でしか作れないものを作るという意味では、NTTが開発している光電融合技術の開発を担う。この技術の成否も、日本にとっては世界をリードできるかどうか重要なポイントだ。そうすれば、少なくとも2030年までのストーリーが見えてくるはず。

つまり、何かしらのビジネスの仕掛けとしてラピダスにしかできないことを考えていく。その中の1つに、UMCをはじめ韓国や台湾と協業していくという考え方があるのではないか。

TSMC熊本工場にはストーリーがある

——一方でTSMC熊本には対照的な評価をしています。

今までの日本の技術戦略とはかなり様相が違う。 元々、経済産業省としては先端半導体の工場を誘致していたが、結果的には10年以上前の技術の半導体工場を作ることになった。それでも日本に誘致する意味があると判断したのだ。

『半導体逆転戦略』(日経BP)。書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします

ソニーや自動車産業というビジネスのストーリーが見えていて、それに必要な技術水準がある。必ずしも最先端技術が必要なのではない、というストーリーを実際に実現させたこと自体が日本では画期的だ。

加えて、第2工場、第3工場と連続的に投資を進めていっているところも理想的。既存工場からの利益を次の投資に回すという当たり前のことをやっている。

「現行の技術で失敗したけど、新しい技術で挽回するんです」という発想を日本は繰り返してきた。だがこれでは投資の原資がどんどん先細っていくので、結局いつまで経っても勝てない。こうした点がラピダスとは対照的だ。

——今は別々で動いている、TSMC熊本とラピダスのプロジェクトをつなげる提案もしています。

2つのプロジェクトを1つの戦略でまとめる会社を実際に作るかどうかは別として、新しいプロジェクトや投資を行うためには、基本的には既存のビジネスから得た収益を流すに尽きる。それができる構図を日本としてどう作るかが重要だ。

政府は両方にお金を出している立場なので、そうした連携にうまく持っていければベストだ。

——そもそも、政府が特定の産業や企業に多額の公費を投入することの是非についてはどう考えますか?

中途半端な投資は意味がないので、ある程度まとまった額を拠出したことは評価できる。あとは、まとまった額を出すからには、簡単に諦めないでほしいということだけ。中途半端に進めて、結局アメリカに売却するというのが、いちばん避けなければならないストーリーだ。

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