「(経営権を)奪おうとしたことも、それを企画したことも、実行したこともない」「実績を出している系列会社の社長である私を潰そうとするHYBEが背任だ。(この事態は)希代の寸劇のようだ」「私がHYBEを裏切ったのではなく、HYBEが私を裏切った」「私に罪があるとすれば仕事ができるという罪しかない」――。
4月25日、2時間あまりに及んだ緊急記者会見で、大手音楽事務所ADORのミン・ヒジン代表は親会社であるHYBEへの怒りを時に声を荒げ、時に嗚咽を交えながらぶちまけた。
ADORは、2022年7月、5人組のガールズグループ「NewJeans」をプロデュースしたレーベル。ADORはBTSを生み出したHYBEはHYBE(80%)とミン代表(18%)が二大株主となっている。
K-POP界に衝撃を与えたNewJeans
NewJeansはこれまでのK-POPのスタイルを破り、心地よいイージーリスニングな曲とY2K(2000年前後の文化)要素を盛り込んだコンセプトで旋風を巻き起こした。昨年にはアメリカのビルボードのメインアルバムチャートで1位を獲得。昨年末の紅白歌合戦では「YOASOBI」とコラボするなど、デビューからわずか1年足らずで瞬く間にグローバルなスターダムを駆け上がった。
NewJeansは韓国では、似たようなコンセプトのグループが多出していたK-POPの「ゲームチェンジャー」といわれ、総括プロデューサーであるミン代表はメディアに引っ張りだこだった。日本でもNewJeansの仕掛け人としてNHKの「クローズアップ現代」に出演するなど、その存在はよく知られている。
デビューするやいなや、一気にスターダムを駆け上がったNewJeans(写真:Bloomberg)騒動が表面化したのは4月22日。HYBEはこの日、ミン代表らADOR経営陣が経営権を奪おうと企てており、その過程で機密の内部情報も流出させたとして電撃的にADORへ内部監査に入った。ミン代表の辞任も要求したことが明らかとなり、業界のみならず、韓国社会は騒然となった。
両者の言い分は真っ向から対立したままだ。HYBEはミン代表らが不当な独立を企てたとするが、一方のミン代表はすべての疑惑を否認している。そして問題の本質は別にあるとしており、一連の動きは、HYBE傘下レーベルのBELIFT LABから3月末にデビューした5人組のガールズグループ「ILLIT(アイリット)が「NewJeansをコピーしているとHYBE へ問題を提起したことへの報復だ」と反駁(はんばく)する。
HYBEは25日には、内部監査の中間結果を公表し、「ミン代表が主導して経営権を奪おうとしていた計画が明らかになった」としてミン代表を業務上背任などの容疑で龍山警察署に告発した。
ミン代表とHYBEの壮絶な暴露合戦
韓国ドラマさながらの展開の早さだが、その過程で暴露された内容も生々しかった。
HYBEは、ミン代表が不当な独立を企てたとするミン代表と経営陣のメッセンジャーのキャプチャーを公表したが、そこには、「グローバル資金を引き出し、脱HYBEする」「2025年1月2日フルオプションを行使しエグジット(EXIT)」「HYBEへADOR(株)を売ることを勧誘」などと書かれてあった。
個人的メッセンジャーまで公開されたミン代表は25日、急遽記者会見を午後に開くことを明らかにしたが、HYBEはその日の午前にはミン代表が韓国伝統のシャーマンであるムーダン(巫女)に経営運営の指南を受けていたとする情報を公開。韓国メディアには「ミン・ヒジン ムーダンにコーチを受けた…衝撃暴露 HYBE呪術経営状況電撃公開」(毎日経済4月25日)なとの見出しが踊った。
そんな情報戦が繰り広げられた25日の午後。野球帽に、オーバーサイズのTシャツ、化粧気のないラフな姿で冒頭の記者会見に弁護士を伴い現れたミン代表は自身の立場を赤裸々に訴えたが、「おじさんたち…申し訳ないけれど、くそオヤジどもが、私ひとりを潰そうとすべてのカカオトーク(メッセンジャー)を野卑にキャプチャーした」などの暴言も多く飛び出した。
また、「aespaを踏み倒せますか?」というHYBEのパン・シヒョク議長と交わしたメッセージも公開した。「aespa」は、競合の音楽事務所、SMエンタテインメントの人気ガールズグループだ。
ライブ中継をしていたYouTubeには、「ミン代表と焼酎3本を飲み交わした気分」とネットも盛り上がるなど、前代未聞の記者会見となった。
「HYBEに負けるな」という声も
この記者会見を見たベテランの芸能担当記者は、「感情的になりすぎており、世論戦に完全に失敗した」と評したが、韓国では、「これぞガールズクラッシュ」「HYBEに負けるな」といったミン代表を応援する書き込みも目立ち、ミン代表が記者会見で来ていたTシャツや帽子が売り切れとなるなどの反応が出ている。
当初は、この記者会見を一蹴していたHYBEだったが、26日にはミン代表の記者会見の内容について12個の項目から成る公式立場を公表し、反駁している。
ソウルにあるHYBE本社。お家騒動によって、株価が大幅に下落したものの、時価総額は8兆3900億ウォン(約9600億円)」に上る(写真:編集部撮影)渦中にいるADORに所属する「NewJeans」は新曲公開のカムバック(新曲発表と活動再開)が5月と目前に迫っている。この騒動で活動の先行きが心配されたが、4月27日には、新曲のミュージックビデオがYOUTUBEで予定どおり公開されており、HYBE、ミン代表共に活動には支障がないよう最善を尽くすという立場を保っていることから、韓国での5月のカムバック、6月の日本の東京ドームでのコンサートも予定どおり行われるだろうと見られている。
ただ、HYBEは4月30日にADORの理事会を招集しており、ここでどんな動きがあるかが今後を占うカギとなる。
証券業界関係者はこんなことを言っていた。
「ミン代表の実力は十分証明されていますから、独立を支援するために投資者は列をなすでしょう。ただ、問題は、HYBEが公表したように契約上、2026年11月までは同じ業界で競合他社に移籍したり、競合する会社を立ち上げられません。ですから、NewJeansのメンバーと共にHYBEを離れても身動きがとれない」
ミン代表はこの契約について記者会見で「奴隷契約」と訴えたが、HYBEは「通常の契約を結んだ」としており、前出の証券業界関係者も「通常のもの」と話していた。
時代を読む天才といわれたヒジン氏
韓国ではこの騒動により、ミン代表が訴えた、アイデアやコンセプトにも著作権を設けるべきではないかという話が業界を中心に出始めている。
HYBEは2005年にBTSを育てたパン・シヒョク議長が立ち上げた(当時はBIG HITエンタテインメント。2021年3月にHYBEに改称)。弱小事務所とした知られた同社は、BTSのグローバルな成功により2020年にエンタテインメント企業としては初めて韓国取引所のメイン市場「KOSPI」に上場した。
2018年頃からは韓国の他の音楽事務所を次々と買収し、2021年5月には、ジャスティンビーバ―などが所属するアメリカの「イサカ(Ithaca)・ホールディング」も手に入れ、現在は傘下にアメリカ、日本を含め11社のレーベルを擁す。今やK-POP界のモンスター的存在となった。
ADORのミン代表はもともとSMエンタテインメントでビジュアルディレクティングを務め、数々のK-POPアイドルスターのブランドを手がけてきた。日本の第2次K-POPブームを作った「少女時代」にはスキニーボトムを施してファッショントレンドを作り出すなど、その実力は業界では知られた存在で、時代を読む"天才"ともいわれた。
パン議長は、2019年、ミン代表をHYBEのブランド総括(CBO)として迎え入れた。ミン代表の、自身の手でアーティストを創りたいという意向を受け、2021年にはHYBEが160億ウォン(約18億円)を出資し、新レーベルADORが設立された。
BTSに80%〜90%依存しているといわれたHYBEの業績もこうしたマルチレーベル化により昨年、資産は5兆ウォン(約5700億円)を超えた。今年2月の実績説明会でも、「HYBEのマルチレーベルシステムは特定アーティスト、レーベルへの依存度を縮小しようと各レーベルが独立して運営されておりレーベル間の競争と協力が成り立つよう設計されている」とパク・ジウォンCEOは話していたのだが、その矢先に起きたこのお家騒動はもはや泥沼状態だ。
傷を負ったのはアーティストたちではないか
HYBEがミン代表らを警察に告発したことにより、これから捜査が行われ、起訴まで持ち込まれるのか。それともその前で和解するのか。行方を見守るしかない。
この騒動をK-POPの成長過程で生まれたものだとする見方もあるが、内紛を回避するなど、もっと賢明な方法はなかったのだろうか。暴露戦によって、傷を負ったのは、アイドルを夢見てしのぎを削り、デビューしたアーティストらだ。
どんな形で収まっても後味が悪いものとなった。
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