サントリーの「伊右衛門 特茶」の広告に、実業家・インフルエンサーのひろゆき氏が起用されたことが物議を醸している。
ちょうど先月、キリン「麒麟特製レモンサワー」のCMに経済学者の成田悠輔氏が起用されたことが批判を浴びて広告を取り下げた矢先のことでもあり、なぜ今サントリーがひろゆき氏を起用したのか、SNS上では疑問の声が上がっている。
両社ともに酒類・飲料メーカーであり、CMに起用した著名人の過去の言動が問題視され、広告起用の是非に対して物議が集まったという大きな意味において、類似した内容にも見える。
サントリー側は「批判をどう受け止めているのか」というメディアからの質問に対して、「いただいたご意見については今後の参考にさせていただきます」と回答しており、広告を取り下げる様子はない。
なぜキリンは取り下げ、サントリー側は広告を取り下げるという判断に至らなかったのか。それぞれの内容や経緯を振り返り、その違いについて考察してみたい。
ひろゆき氏起用に対する批判のポイント
サントリーがひろゆき氏を起用したことに対する批判の大半は、ひろゆき氏のこれまでの言動に問題があり、そうした人物を起用することは適正ではないというものだ。たとえば目立ったものとしては次のものがある。
掲示板「2ちゃんねる」をめぐる裁きで、ひろゆき氏が巨額の賠償金を支払わなかったことへの批判 過去に辺野古新基地反対座り込みの運動を嘲笑するような発言をしたことへの批判 大谷翔平氏の元通訳の水原一平氏の違法賭博に関して、大谷選手が代理返済をしていたのではないかという、憶測の発言を行ったことへの批判そんなひろゆき氏を起用したサントリー側の対応を批判する声も上がっている。
同社の代表取締役社長の新浪剛史氏は経済同友会の代表幹事も務めるが、そうした影響力のある会社が、物議を醸す人物の起用を容認したことを咎める声も見られた。
また、新浪氏が旧ジャニー喜多川氏の性加害問題に際し、SMILE-UP.社の対応を厳しく批判し、同社所属のタレントの起用を見送ったことを挙げる人も。性加害と過激発言と内容はかなり違うものの、「旧ジャニーズタレントは毅然として起用しないのに、ひろゆき氏は当たり前に起用するのはどうなのか?」といったものだ。
一方、キリンの広告を降板になった成田悠輔氏は、3年前にネット番組で「高齢者は老害化する前に集団自決、集団切腹みたいなことをすればいい」といった発言をしたことが問題視された。
発言や行動だけを切り取ってみると、ひろゆき氏は継続起用しても大丈夫で、成田氏は取り下ねばならない……ということに明確な基準は見当たらない。
筆者はかつて長く広告代理店で勤務していたが、実際のところ、広告を取り下げるか取り下げないかという判断は明確な基準があるわけではない。
広告している商品に健康被害をもたらすような致命的な問題が見つかったとか、広告表現が法律に触れるものだったとか、起用しているタレントが逮捕されたとか、そうしたケースであれば、無条件で取り下げにはなる。しかし、批判が起きたということであれば、各社がケースバイケースで随時判断をするのが一般的だ。
なぜ、ひろゆき氏の広告はOKなのか?
サントリーは日本でのトップ企業であるだけでなく、日本の広告・宣伝を牽引してきた企業でもある。創業者・鳥井信治郎氏の「やってみなはれ」精神は、これまで広告・宣伝でもいかんなく発揮されてきたのだが、それによって行き過ぎてしまうこともたまにある。
実際、これまでサントリーは、何度か広告・宣伝関連で炎上している。たとえば2011年、韓国焼酎「鏡月グリーン」のホームページで「日本海」の言葉に韓国・北朝鮮が主張する「東海」の表記を行ったことが批判され、謝罪のうえ、削除を行っている。
2017年には、新製品ビール「頂」のプロモーション動画がセクハラ的だと批判され、動画は公開中止となった。
これら過去のケースでは、サントリー側も炎上は想定しておらず、想定外の批判を受けて取り下げざるをえなかったと思われる。しかし、今回の「伊右衛門 特茶」の広告に関しては、一定の批判の声が出る可能性は想定しており、多少の批判では取り下げないという判断をしていたと思われる。
今回の「伊右衛門 特茶」の広告は、ひろゆき氏であるからこそ成立する、「ひろゆきありき」の企画だ。というのは、今回の広告は、ひろゆき氏がかつて行った「トクホのお茶を飲んでも脂肪は減らない」といった発言に、サントリー側が反論するというシナリオになっている。そして「ひろゆき氏が間違ったことを言っていた」という展開になる広告である。
CMでは、ひろゆきさんの過去の発言への反論が行われており、つまり「ひろゆきありきの企画」だったことがわかるその点で、この広告に同じ企画を他のタレントや有識者を起用して行うか否かという選択肢はなく、ひろゆき氏を起用してこの企画をやるかやらないか――という判断であったはずだ。
キリンの成田氏の広告に限らず、大半の広告は、表現は多様であっても「この商品・サービスはよいですよ」ということを、出演者を通じて伝えようとする。そして、その人が起用されるのは、商品を紹介するにふさわしい、人気、知名度、好感度、信頼性、知識などの要素備えているからだ。
しかし、サントリーの広告は”真逆”である。特茶の効能をひろゆき氏が説明するのであれば、「この広告は信用ならない」となるだろうが、ひろゆき氏の過去の言動を否定する構成になっている。つまり、ひろゆき氏を今回起用し、また今後何か彼が問題発言をしたとしても、それによって広告に込めたメッセージの価値が毀損したりはしないのだ。
起用自体に問題はないのか?
批判的な反応の中には、「こういう人物を起用すること自体がおかしい」という意見もある。「広告表現がどうこう」といったことでなく、サントリーのような誰でも知っていて、多くの人が商品を買うような大手企業が、ひろゆき氏のような言動がたびたび波紋を呼ぶ人物にお金を払って、多くの人の目に触れる広告に起用してもよいのか? という意見だ。
この意見には一理ある。
筆者の専門、あるいは専門に近い領域に関してひろゆき氏が発言を行うこともあるが、事実誤認があったり、視点が大きくずれていると感じたり、多くの人に誤解を与えかねないことも少なからずあった。
ひろゆき氏を「ご意見番」としてさかんに取り立てるメディア側にも問題はあると思うが、ひろゆき氏の発言は、専門家から見て首をかしげるところは、筆者に限らず多々あるはずだ(実際、そういう話は別の分野の専門家からも聞いている)。
サントリーが考えた「広告効果」
ただ、今回の起用に関しては、「ひろゆき氏の○○の発言がダメだから、広告を取り下げるべきだ」という根拠となるようなものは見つけにくい。取り下げる場合は、サントリー側の説明は「過去の言動を総合的に判断して」という言い方になるのだろうが、それに対して「具体的にどの言動を不適切と判断したのか?」と逆に追及されることになるだろう。
そもそも、キリンの成田氏の降板自体が、そうしなければ収まらなかったかというと、そうとも言いがたい。キリンや成田氏に対する批判の大きさを考えると、成田氏を起用し続けるという選択肢もありえたと思う(それが最適な対応であるかはさておき)。
現実世界でひろゆき氏に浴びせられる批判も含めて、「広告効果」となるような施策を展開したサントリーは、結局、広告を取り下げることなく、話題を大きくすることに“成功”した。SNSでこの件を批判する人たちより、むしろサントリーはしたたかであったのではないかと思う。
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