今年の花見の季節は国内各地で多くの人が桜見物に訪れた。東京都内の名所のひとつが、目黒川の両岸に桜並木が広がるエリアだ。
この一角(住所は目黒区青葉台)に立地する大型カフェに「スターバックス リザーブ ロースタリー 東京」(以下、「ロースタリー 東京」)がある。建物は4階建てで各階はそれぞれ個性を打ち出し、ここでしか味わえない飲食や景観を求めて国内外からお客さんが訪れる。
桜が満開だった4月7日の日曜日は「入店まで最大5時間待ち」というSNS投稿もあった。
実はこの店、観光名所の一方で、さまざまな仕掛けを行う。ここでの取り組みがその後に横展開された例もある。今回は施設の責任者に話を聞き、知られざる側面を紹介したい。
この記事の画像を見る(6枚)「落語」と「エスプレッソ」イベントを開催
4月11日、花びらと葉桜の景色の中、「ロースタリー 東京」では、「スターバックス ロースタリー座」のメディア説明会が開催された。4月18日から24日まで期間限定で開催された“落語でコーヒーを味わう”という体験イベントの紹介だった。
コーヒーを題材にした新作落語を披露したのは桂枝之進氏。22歳の若手落語家が喫茶店を舞台にした身近な言葉で語りかけることで、新たな顧客訴求への思いも込めた。
新作コーヒー落語「喫茶みどり」を披露する桂枝之進氏(写真提供:スターバックス コーヒー ジャパン)「『ロースタリー 東京』は2019年2月28日の開業以来、5周年を迎えました。それを記念し、開業以来掲げてきた“五感でのめり込む体験”と5周年を掛け合わせ、『5感と、コーヒー。』をコンセプトにしたコーヒー体験をお届けしようと考えたのです」
「ロースタリー 東京」ゼネラルマネージャーの菅原俊英氏はこう説明する。第1弾のテーマには前述した「落語」が、次いで「エスプレッソ」が選ばれた。
「エスプレッソは『コーヒーセッション -First Shot-』という有料セミナー(60分3300円)で、4月26日~5月28日の6回にわたり開催予定(すべて満席)で、その後は定番イベントとして考えています。スターバックスのコーヒーの原点である『エスプレッソ』の物語をロースタリー 東京のバリスタが紹介しつつ、コーヒー愛好家の皆様と語り合うために企画しました」(菅原氏)
スターバックスがアメリカ・シアトルで誕生したのは1971年。日本1号店は1996年で28年の歴史を刻む。人気メニューに「カフェラテ」(商品名は「スターバックス ラテ」)や「キャラメル マキアート」があるが、いずれもエスプレッソをベースにしたドリンクだ。
旗艦店ではなく、「ラボ」のような立ち位置
開業時から取材してきたが、当初は「東京に新名所誕生」という報道が多かった。
「最新の観光・おでかけスポットとして日本中から多くのお客さまにお越しいただき、消費傾向としても、華やかでリミテッド感のある商品を楽しまれる傾向にありました」(同)
館内には焙煎機もあり、タイミングが合えばコーヒー焙煎作業を見ることができる。焼きたてパン(1階「イタリアンベーカリー プリンチ」)もあれば、バー(3階「アリビアーモ バー」)でアルコールも味わえるなど、一般の店とは違う体験ができるのも特徴だ。
個性的な店内も話題となった(2019年4月、筆者撮影)開業直後から人気店となり、「入店まで6時間待ち」という日もあったが、誕生翌年にコロナ禍となり、状況は一変。インバウンド(訪日外国人客)が消えた時期は近くのオフィスで働く人や近隣に住む人の利用が多く、店内も落ち着いていた。コロナ明けの現在は開業時の状況に近い。
「『ロースタリー 東京』は、商品・業態・人材いずれの面でも、スターバックスの『イノベーションラボ』(イノベーティブなアイデアが次々と生み出される実験場)として機能しています。メディアからは『旗艦店』と表現いただくことも多いですが、フラッグシップ的な位置づけは考えていません。ここで生み出されたアイデアが全国の店舗に波及したり、実験的なエッセンスが検証されたりと、まさに『ラボ』のような全店舗の心臓的立ち位置です」(菅原氏)
以前の取材では、「ロースタリー 東京」について「イノベーションハブ」(革新的な商品・サービスを生み出す基盤)という説明を受けた。取り組みが他店に波及した事例を紹介しよう。
「ティバーナ バー」を参考にした店を各地に展開
開業当初から同施設の2階にあるのが「ティバーナ バー」だ。茶系ドリンクの専門エリアで、置かれている石臼はディスプレーではなく実際に使って抹茶ドリンクを出す。
「海外から来たお客さまはメニューを見ないで『Matcha』とご注文されるほどです」(同)
メディア説明会で披露された人気ドリンク、真ん中が「石臼抹茶 ティー ラテ(ホット)」(2024年4月、筆者撮影)ティバーナ バーを参考に開発された店が「スターバックス ティー&カフェ」だ。最初の店は2020年7月、東京・六本木に「スターバックス コーヒー 六本木ヒルズ メトロハット/ハリウッドプラザ店」(通称「ティバーナ」)としてオープンした。
当時の取材記事では下記の〈〉内のように記した。
〈紅茶をはじめ、さまざまな茶系ドリンクを前面に打ち出す。コーヒーも飲めるが、主力はティーだ。同社の表現を借りれば「色鮮やかで香り豊かな“ティー”を多彩なビバレッジで展開」となる。六本木では来店客層として、近隣で働く女性も意識した〉
その後は各地に展開。現在は大阪府や福岡県、富山県などにも店があり、国内14店を展開する。
「ロースタリー 東京」について、以前に同社関係者から「あれだけの店ができたのでティー事業の足掛かりを得られた」という話を聞いたが、それをティーに特化した店舗として実現させた。
また、前述の「イタリアンベーカリー プリンチ」の単独店も「プリンチ代官山T-SITE」として都内(渋谷区猿楽町)で運営する。こちらも従来のスタバとは違う雰囲気で商品構成も特徴的だ。
商品開発や人材開発で一般店舗と連携
「『ロースタリー 東京』で人気を呼んだメニューを全国のスターバックスでも楽しめるようアレンジを加えたドリンクもあります。特別な方法を用いながらコーヒーの風味を抽出した『コーヒーエイド』や、『バタースコッチ ラテ』(現在は販売終了)などがそうです」
菅原氏はこう説明する。「ラボ」としての商品開発だが、新商品を提供してお客さんの反応を学ぶ、テストマーケティングの役割もあるだろう。
「コーヒーエイド」については2年前の開発時に、「特殊な抽出方法を採用した透明感のあるコーヒーに〇〇(商品によって異なる)を加えたリフレッシュメント ビバレッジ」と説明を受けた。一般のコーヒーのような茶褐色ではなく透明感のあるコーヒーだった。
2022年に開発した「コーヒーエイド」の3品(2022年8月、写真提供:スターバックス コーヒー ジャパン)その後は透明感よりも、前述した“特別な方法を用いてコーヒーの風味を抽出”を掲げ、「コーヒーエイド クールライム」(2023年6月28日~8月31日)を期間限定で発売した。
人材開発の視点でも紹介しよう。「ロースタリー 東京」にコーヒー焙煎機や焼きたてパン、バー機能があるのは、例えば焙煎技術や製パン技術を高めたい従業員にとって、ここで働くことが目標にもなる。かつて北海道の店舗で取材した従業員が、その後、自ら志望して異動してきた例も聞いた。
「常駐勤務するだけではなく、『ロースタリー 東京』の空間や焙煎、商品を深掘りしたい人は、パートナー(従業員)向けツアーに参加したりするなど、人材交流も盛んです」(菅原氏)
1900店の安定運営に欠かせない「従業員力」
スターバックスの国内店舗数は他の競合を圧倒しており、今や国内に「1901店」(2023年12月末時点)を展開する。2位のドトールコーヒーショップが「1061店」(2024年3月末)、3位のコメダ珈琲店が「968店」(同年2月末)なので、約2倍の店舗を持つ。
1900店もの店舗を安定運営させるには、従業員の現場力が欠かせない。ここまでの同社の躍進は、主に通常店舗の営業が支えてきた。
スターバックスを語る際の有名な言葉に「コーヒービジネスではなく、ピープルビジネス」がある。最近はあまり言わなくなったが、かつては「サードプレイス」(自宅でも職場や学校でもない第3の場所)という言葉を掲げ、「店で働くパートナーがスターバックスらしさを実現することでサードプレイスが生まれる」という言い方もしていた。
現在も同社が大切にする3本柱は「人(PEOPLE)」「コミュニティ(COMMUNITY)」「地球(PLANET)」で、この3つを軸にした活動を続けている。
日本の喫茶文化を考察してきた筆者は、スタバの躍進は「適度なカッコよさ」と「身近さ」の両輪だと考える。「ロースタリー 東京」はカッコよさがあるが、あまりお高くとまらない。
アメリカ発祥だが、時に日本文化をリスペクトする姿勢も持つ。前述した「落語でコーヒーを味わう」もそうだが、2019年には「スタアバックス珈琲」を期間限定で展開した。
スタアバックス珈琲には「プリン アラモード フラペチーノ」もあった(2019年6月、筆者撮影)同社の従業員からよく出てくる言葉が「インスピレーション(ひらめきや啓示)」と「インスパイア(刺激や触発)」だ。「ロースタリー 東京」はその象徴でもあるのだろう。
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