連合は10月18日、2025年の春闘の目標を2024年と同じ5%以上とすると発表した。3年目に入る賃金と物価の好循環は実現できるのか。

長引く物価高で生活防衛 値下げせざるを得ない商店

東京・北区の十条銀座商店街。お値打ちな惣菜や雑貨などの店が連なるこの商店街では、長引く物価高で消費者の生活防衛意識が高まっているという。

惣菜店「あい菜家」では物価高で値上げをしていたが、客が2割ほど減ったことから、2か月前に店の8割の商品を値下げした。店主・山本浩史さんは「普通だったらコロッケ4、5個買う客が1個とか、もう余計なもの買わないお年寄りの方とかは増えた。値下げしないと売れないっていうのが正直なところ。本当はしたくない。以前は商品の値段を落として特売するのはお客様に喜んでもらうためだったが、今は違う。下げないと売れない」

消費の現場では「値上げ疲れ」の声が多く聞かれた。70代女性は「本当に(物価が)高いということをこんなに感じたことはなかった」。50代男性は「マクドナルドのハンバーガーが100円とか80円とかの時代を知っているから、それと比べると正直生活がしづらい」。40代女性は「値下がりとかは全然目にしないのでもう慣れてきて、感覚も麻痺してきた」。30代女性は「ここら辺は安いスーパーが多いので、結構はしごしてて見比べてなるべく安いところで買おうかなと。多いと5、6軒ぐらいはしごしたりする」という。

物価高の中、消費者の財布の紐は一層固くなっている。

経済データの提供と解析が専門の「ナウキャスト」によると、特売の対象品として人気が高い「ハム・ソーセージ」や「菓子パン」「カップ麺」などは、値上げしたメーカーの商品で買い控えが起き、値引き販売やシェア減少が起きているという。

ナウキャスト アナリスト 中川公汰さん:
9月、10月に多くのメーカーが値上げしているが、販売価格を見ていると、メーカーが予定していたほどの価格上昇が、小売り価格には反映されておらず、想定していたよりも値上げしづらい状況が生まれていると思う。価格が上がっている商品に売り上げがついてきていない状況を踏まえてメーカーが「値上げ疲れ」に対するケアとしてそういった価格設定を行っている。

物価高に安さで挑んでいるのがホームセンターのカインズ。9月末から、暮らしに欠かせない日用必需品を値下げした。また大容量サイズのPB(プライベート・ブランド)商品を販売し、お得感を出している。来店客は「やはり大容量の方を買ってしまう」という。

カインズ 広報部 鈴木ゆう子さん:
容量の単価で比較をしてみると、随分お値頃なものが揃っていることもあり、客からもこの大容量の商品は非常に多く支持を得ている。

老眼鏡の購入を検討していた来店客は「本当はもっと高いメガネ店に行こうと思ったが、ここに来たらたくさんあったので、日頃使うのだったらこれでいいかなと。急に変更して安いものになった」

10月18日に発表された、9月の消費者物価指数は前年同月比で2.4%上昇した。政府が期間限定の電気・ガス代の補助金を再開したため、上昇率は5か月ぶりに縮小したが、コメ類は「44.7%」と大幅に上昇。49年ぶりの歴史的な上昇率となった。街の人は「米5キロ3980円は高い。ご飯にもち麦や十六穀米を混ぜてかさ増しして栄養も取れるのでそれで食べている。もったいなくて白米だけでは食べられない」という。

2023年夏から物価に弱さ スーパー店頭価格に異変

9月の消費者物価は「生鮮・エネルギー」を除く総合指数で「2.4%」。日銀が目標とする「2%の物価指数」は2年半ぐらい超えた状態だが、消費者はもっと上がっている実感がある。食品、飲料、日用雑貨などをスーパーで店頭販売している商品のPOSデータに基づく価格上昇率の推移をみると、2023年9月には上昇率「9%」を超えていたが、実はその後、下落していて、10月8日時点で「2.65%」となっている。

――こちらのデータの方が普通の人の物価の感覚に近い。ここから何が読み解けるのか。

東京大学大学院経済学研究科教授 渡辺 努氏:
まずは2023年の夏にかけての上昇は、食料品メーカーなどが、積極的にコストが上昇した分を価格転嫁していった。実際にメーカーに聞いてもかなり積極的にやって「おなかいっぱいに転嫁した」みたいなことを言う人もいる。その後、価格自体は下がっていないが、上昇率が(前年比で)徐々に下がってきている。一つには輸入物価の転嫁が一巡した。それから消費がどうしてもなかなか振るわない。2023年の春闘はそこそこ良かったが、多くの人は「賃金がしっかり上がった」とはならなかったので、いま上昇率が徐々に下がってきた。

――データを見て「売れない」「売れ行き落ちたと」なれば、特売や値下げをするのか。

東京大学大学院経済学研究科教授 渡辺 努氏:
非常に良いのは、特売とか通常価格とか全部のことがわかるので、それを合わせた価格が今のような動きをしている。

スーパーの特売が物価に与える影響を表したグラフを見ていく。特売が多く、結果的に物価を押し下げている状況。しかし2024年9月以降は特売が減り、価格を押し上げている。

――2024年に入っては、「物価の下押し圧力」が強かったのか。

東京大学大学院経済学研究科教授 渡辺 努氏:
前年同月比で、特売が増えている。あるいは特売のディスカウント幅が大きくなることがずっと起きてきた。

――2024年の前半からいまに至るまでは消費の現場が弱くて、価格の上昇圧力が弱かったということか。

東京大学大学院経済学研究科教授 渡辺 努氏:
特売に注目している。スーパーの店頭の売れ行きをよく見た上で価格を上げたり下げたりしなければならない時に、通常価格は動かしにくい。特売は比較的臨機応変にできるので、(このグラフは)非常にうまく表している。

――ただ、2024年の前半は円安が急速に進んで、再び物価上がってきたのではないか。そこは実態とは違ったということか。

東京大学大学院経済学研究科教授 渡辺 努氏:
2024年の円安の時期に特売が増えていた。スーパーは特売を増やして価格を抑えてきた。その結果として、円安は進んだが、我々の指標はむしろ下がっていくという逆方向の動きが起きた。

――これまで円安が進むとスーパーの店頭価格も上がっていたが、2024年は円安は進んだが、スーパーの店頭価格は大きく下がった。それだけ需要が弱かったということか。需要が弱い時期だから日銀は利上げを2回やったのか。

東京大学大学院経済学研究科教授 渡辺 努氏:
2024年に入ってから利上げしたので、インフレ率が下がってくる局面で利上げをした。

――「2%の物価目標」があり、日銀は「持続的・安定的ではないといけないから、名目賃金が2%を超えても目標達していない」としている。2%という目標への距離はまだある状況なのか。

東京大学大学院経済学研究科教授 渡辺 努氏:
物価2%までの距離はある。例えば1年後、可能性としては「消費者物価指数(CPI)が良くない」あるいは、2026年春闘の話も出るかもしれないが、「賃上げ難しそう」という可能性など、何かしらあると思っている。そういう意味では「2%」がしっかり定着しているとはいえないと思う。

――植田総裁が言っているように「円高・円安」「資源高」といったコストプッシュ型の物価の上昇は強いけれども、まだ自律的に物価が上がっていくような感じではないのか。

東京大学大学院経済学研究科教授 渡辺 努氏:
大きく言うとそうだ。実際には輸入物価だけではなく賃金も上がっていて、国内要因による転嫁も進んでいるので、必ずしも輸入物価が全部ではないが、国内物価の分も含めてすごく強い状況で、(達成確実で)万々歳とまではいっていない。

賃上げ効果で再び物価上昇 「賃金と物価の好循環」3年目

東京大学大学院経済学研究科教授 渡辺 努氏:
民間のエコノミストが翌年のインフレ率を予想したグラフ。2021年9月の時点で「22年度はどうなるか」という予想してもらったところ、ピークは「0.6%」ぐらいだった。場合によっては「0%」という人も何人かいるぐらいの感じで、当時はまだエコノミストたちの予想が低かった。ただ時間を移動するにつれて、だんだん右側(上昇)に分布が移ってきている。一番新しいのが2024年9月に「25年度はどうなるか」と予想したもの。「2%」としているが、かなりピークが近くなってきており、まだばらつきが少し残ってるとはいえるが、それでもかなり分布がタイトになってきている。日銀がよく「2%の周辺にアンカーされる」というが、そこに近づいてきていることをうかがわせる。

――「2%」「目標達成」とまではいかないが、それに向けて少しずつ近づいてることは間違いないということか。しかし「賃金が追いつかないから困る」という声も強くなっており、2024年10月の衆院選では物価高対策など経済政策が争点の一つとなっている。

国民が苦しむ「物価高」 各党の経済政策は…?

今回の衆院選で与党の自民党・公明党は、電気ガス料金などの支援に加え、低所得者世帯への給付金を訴えている。

立憲民主党は「分厚い中間層の復活」を掲げ、中低所得者の底上げに向け、税制の見直しを訴えている。

その他の野党は減税の主張が目立つ。日本維新の会は消費税8%への引き下げ。
共産党は、消費税は当面5%にし、将来的には廃止。国民民主党は、実質賃金が持続的にプラスになるまで5%への引き下げを掲げている。

れいわ新選組は「消費税廃止」。社民党は「消費税3年間ゼロ」。参政党は「積極財政と減税」を訴えている。

そして、多くの政党が掲げているのが「最低賃金1500円の実現」。しかし、原材料費や光熱費の値上がりで利益が圧迫されている企業にとっては、人件費の増加は簡単なことではない。

日本商工会議所 小林 健 会頭:
最近賃金でしか払えない企業が、今の地方の産業・商業インフラを担っている。インフラを担っている人たちが退出してなくなってしまうと、地方そのものが、瓦解の危機に陥る。

「連合」賃上げ目標5%以上 中小企業は6%以上要求へ

労働組合の中央組織、連合は10月18日、2025年の春闘でベースアップと定期昇給を合わせた賃上げ目標について5%以上とする方針を発表した。中小企業の労働組合には「6%以上」を求める。

連合 芳野友子会長:
連合としては継続的な賃上げが非常に重要だと考えている。きちっと賃金も上がる、そして物価も上がる。そして経済もさらに回っていく好循環を目指していきたい。

2025年の春闘でいち早く「7%程度の賃上げを目指す」と表明したサントリーホールディングスの社長でもある経済同友会の新浪代表幹事は…

経済同友会 新浪剛史 代表理事:
企業としては上げる気がある。ただどのレベルかはこれからの議論になってくると思う。中小企業に対してしっかりと分配していかなければならない。これはもっと厳しく制度的にやっていく必要があるかもしれない。

利上げ「緩慢なペースで」 日銀の金融政策 今後は?

暮らしは良くなるのか…注目されるのが、日本銀行の金融政策だ。2024年3月にマイナス金利を解除し、7月の追加利上げで金融正常化への舵を切った日銀。安達審議委員は10月16日の講演で、2%の物価安定目標が実現する見通しであれば、段階的に利上げを進める考えを示したが、そのスピードは「極めて緩慢なペースで引き上げていく」としている。

日本銀行 安達誠司 審議委員:
(利上げを)急ぎすぎてもう1回デフレになってしまうというのは、最も避けなければならないリスクなので、慎重にやっていくべきであろう。

植田総裁も10月2日、石破総理との会談後にこう発言している。

日本銀行 植田和男総裁:
経済物価の見通しが、我々の見通し通りに実現して、その通りに経済が動いていけば、金融緩和の度合いを調整していくことになるが、それが本当かどうかを見極めるための時間は十分あると考えている。

日銀はいつどのような判断を下すのか?

日銀・植田総裁 発言に変化 今が正念場の金融政策

日銀は2024年3月、7月に利上げを行って、異次元緩和から脱却した。非常に需要が弱いときに利上げをした。その一方で植田総裁の利上げに対する物の言い方も変わってきている。

2023年の4月就任当初は「2%の物価目標を、賃金上昇を伴う形で持続的・安定的に実現する」と語っていた。そして半年後の2023年10月には「第2の力(賃金上昇の伴う物価上昇)がどの程度強まっていくのか、不確実性は高い」としており、2024年7月には「経済・物価情勢に応じて金融緩和の度合いを調整していく」といった発言に変わった。

――2%を達成すれば利上げがあり、確度が高まらない限りは上げないという話だったのが、最近は「緩和の度合いを調整」など、論理展開が変わってきている。

東京大学大学院経済学研究科教授 渡辺 努氏:
日銀の文章を見ててもそうなんだろうと思う。いいかどうかは置いて、変化していると思う。彼らの見通し通りに「物事が進んでいけば利上げをしていく」という言い方が、3月ぐらいから始まって、利上げした。それから7月もオントラック(軌道に乗っている)だったので利上げをした。このロジックは2023年にはなかった。新しいルールというか、日銀の将来の政策に関する決め方を明らかにすることによって、できるだけ不確実性を減らしていこうという試みの一つだと思う。

――今までは途中だったら、変えないで目的達成まで行くという話が、オントラックであれば利上げするという話に変わったということか。2%の目標をもうちょっと厳格に考えた方が本当はよいのか。

東京大学大学院経済学研究科教授 渡辺 努氏:
日銀は「インフレターゲティング(物価上昇率に数値目標を掲げ、その達成を優先させる)」という仕組みをとっている。ターゲットは2%で、金利の上げ下げは当然のことながら2%よりも上か下かということで決めるべきだと思うので、オントラックの話は、そこから逸脱してると思う。

――日銀の物価予想が「2%」に向かっている。オントラックだといってよいのか。

東京大学大学院経済学研究科教授 渡辺 努氏:
インフレ率は、2023年夏がピークだったが、その後落ちてきている。(利上げした)3月、7月はまさに落ちていく中で利上げが行われたが、そのときの根拠は、4月に出された「展望レポート」。それが日銀の予測だった。それと「消費者物価指数」の線が重なっている。これを持って「オントラック」だということで利上げをしたと。オントラックでも、オフトラックでも「インフレ率が下がる局面で、予想通り下がったから」とも聞こえる。

――需要が弱くて、物価が下がってるときに「オントラック」だという理屈で下げたらおかしいじゃないかと。

東京大学大学院経済学研究科教授 渡辺 努氏:
それは思う。ただ彼らが「オントラック理論」で動いてるのは明らか。それを踏まえて先々どう考えるか。「消費者物価指数」を詳しく見ると、2024年5月ぐらいをボトムにしてインフレ率が少し上がってきている。2023年夏から下がり続けてきたものが、ようやく底をつけて少し上がってきている局面。理由はいくつかあるが、一つは円安の影響。円安は物価には跳ねないといったが、2024年夏ぐらいから転嫁が始まった。特売も減ってきている。輸入物価の上昇をメーカーや流通店舗が転嫁している。それからもう一つは春闘による賃金が高かった。その分の賃上げが、サービス産業にも徐々に及んできていることから、リバウンドしている面が出ている。それを踏まえると「オントラック」か、それ以上の状況だ。日銀の予測は、2024年末か2025年初ぐらいにようやくボトムという感じだった。それよりは早めにボトムが来そうな雰囲気。そうすると利上げしない理由はますます無くなると思う。

――世の中では、早ければ年末から年始にかけて利上げがあるのではと予想する向きもある。

東京大学大学院経済学研究科教授 渡辺 努氏:
政治的なことがあるので難しいが、日銀の気持ちとしては、年末といわず上げたいという気持ちだと思う。特売がなぜ減っているかというと、消費が多少良くなってきているので、売る側も少し強気になって「特売をしなくてもよいのでは」と思い始めている。

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