(ブルームバーグ):デイトレーダーの藤本茂氏(88)の一日は午前2時から始まる。米国株式市場や主要な日本企業の米国預託証券の値動きを確認し、新聞に目を通して9時から始まる国内株式市場の取引に備える。

「株をやって規則正しい生活をすると、ボケんといつまでも楽しく生活できる」。兵庫県神戸市の自宅で、トレードをしやすいよう60万円ほどをかけたオーダーメードの机に向かい、当日取引をする銘柄の目星を付けながら売り買いの注文を出す。

藤本茂氏

約70年にわたって独自の投資スタイルを貫き、約20億円の資産を築いた藤本氏の名前は市場に影響を及ぼすこともある。2023年10月、トランクルームの開発・管理を手がけるストレージ王株を同氏が5.2%保有していることが明らかになると、個人投資家の買いを呼び、一時17%高まで高騰した。

今年8月上旬には1987年以来の大幅な下落が株式市場を襲ったが、「絶好の買い場」だったと振り返る。問題は、「買う資金があるか、勇気があるか。まず勇気がないわな」と話す。

インフレによって生活費がかさみ、年金だけで生活することが難しくなっている高齢者が増える中、藤本氏は投資で生活費を賄い、リスクも積極的に取っている。

わずかな年金で老後の生活費賄えず、70歳過ぎても働く日本人が増加

日本では90年代初頭のバブル崩壊後、高齢者を中心に投資を避ける傾向があった。日銀が9月に発表した資金循環統計によると、家計の金融資産の半分以上は現預金で、欧米諸国よりも比率が高い。

半面、政府が「貯蓄から投資へ」のスローガンを掲げ、少額投資非課税制度(NISA)の拡充などを推進する中で変化も表れている。日本証券業協会によると、1-6月にはNISA口座を通じて累計で約10兆円の買い付けがあり、前年同期比で3.7倍に増加した。

弟子入り志願者も

藤本氏は3台のモニターを駆使してデイトレードを行う一方で、電子メールは使わず、スマートフォンや自動車、クレジットカードも持たない。

ソーシャルメディアなどでは「日本のウォーレン・バフェット」と呼ばれることもあるが、バフェット氏と比べられるのは恥ずかしいとし、「似ているのは年齢と、株式が好きということやろな」と言う。若年層が投資を行うことについて良いことだと考える藤本氏の元には、弟子入りを志願する連絡が来ることもあるという。

売買の記録を一つずつ書き留めている藤本氏の「銘柄ノート」

T&Dアセットマネジメントの浪岡宏チーフ・ストラテジストは、藤本氏について「相場への意気込みを非常に感じる」とし、熱量は機関投資家と大差ないだろうと指摘。「世の中への影響は大きく」、投資の着眼点といった部分で藤本氏に追随する動きは個人投資家の間で一定程度あるのではないかと述べた。

日本証券業協会が2022年に実施した調査では、株式の平均保有期間が1カ月未満の個人投資家は全体の約3%にとどまる。藤本氏の若者へのアドバイスは、「良い株を長期で持つこと。利益が伸びている会社、一生懸命仕事をする会社、一生懸命投資をする会社が良い会社だ」。

ペットショップと雀荘を経営

ペットショップに勤めていた19歳の時、証券会社の役員から勧められたことが投資を始めるきっかけだった。初めて購入したのは、早川電機工業(現シャープ)や日本石油(現ENEOSホールディングス)といった銘柄だ。

当初は株式投資に専念していたわけではなかった。インコ好きの藤本氏は、ペットショップを開店し、その後、売却。雀荘の経営を始めた。1986年に雀荘3店舗全てを計6500万円で売却し、専業投資家に転身した。

インコの「ピーちゃん」と藤本氏

飼っているインコの「ピーちゃん」を頭にのせて株式の売買を繰り返す藤本氏は、投資で人生をより楽しむことができていると話す。「頭を使いながら体も使い、コインを稼いでいる」。ただ、長年の投資生活で築いた約20億円という金額については「不満だらけ」だと言う。

「努力が足らない」。売買の記録を一つずつ「銘柄ノート」にボールペンで書き留めながらぼそりとつぶやく。「なるべく欲を出さずに、利益を残さないといけない。欲を出したらあかん」。

--取材協力:森来実、Aria Chen.

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