アメリカ大統領選挙で大きなヤマ場となる、注目の候補者討論会が10日、フィラデルフィアで行われました。その出来栄えについては、「ハリス優勢」「トランプ守勢に」といった論調が多いようです。しかし、有権者の最も関心が高い「経済」と「移民」の2大テーマについては、とてもハリス優勢とは言えなかったように思います。

「4年前と比べて生活はよくなったと思うか」ハリス氏は答えず

最も印象的だったのは、最初の質問でした。「4年前と比べて生活はよくなったと思うか」との質問に対し、ハリス氏は、直接答えませんでした。「中間層を強くする候補者は私だけだ」と、話を今後にふった上で、住宅供給促進策や中小企業対策などを語りました。その上でトランプ氏が製造業保護のため、輸入品に付加関税を提案していることを取り上げ、「これはトランプ売上税だ」と批判し、インフレを通じて「中間層には4000ドル以上の負担増になる」と批判しました。

関税引き上げがインフレを助長することは間違いありませんが、4000ドルの負担増の根拠は示さず、終了後の現地メディアのファクトチェックでも疑問を投げかけられていました。

何より、有権者にとって最も重要な「4年前と比べて」との問い対し、この間の「政権」「副大統領」としての「取り組み」や「反省」に言及しなかったことは、あまり良い印象を残さなかったように感じました。

ハリス氏の挑発に乗り、反撃に懸命なってしまったトランプ氏

これに対してトランプ氏は、自らの政権時には経済が良かったと強調し、トランプ政権が始めた鉄鋼やアルミ製品に対する付加関税を「バイデン政権だって、そのまま引き継いでいる」と反論しました。しかし全体を通して、ハリス氏の挑発に乗って、それへの反撃に懸命なってしまったようです。

ハリス氏が掲げる「不当値上げした企業への罰則」や「300万戸の住宅供給計画」、さらに「大企業や富裕層への増税案」などの公約について、具体的に矛盾や副作用を問いただすことはありませんでした。

90分にわたる討論会の最後のメッセージとしてトランプ氏は、「(ハリス氏は)あれをやる、これをやると今言うが、なぜそれを3年半やらなかったのか」と、ハリス氏の副大統領としての責任を問いましたが、もっと早くに、この議論を仕掛けていれば、討論会はかなり違った展開になったでしょう。

トランプ氏「不法移民がペットの犬や猫を食べている」移民問題で『失言』

ハリス氏は、バイデン政権で責任者として不法移民問題を任されながら、思うような成果をあげることができませんでした。これについて問われても、ハリス氏は同じく正面からは答えず、「提出した法案を共和党が阻止している」と批判するたけでした。

逆に、「トランプ氏の集会では途中退席する人が多い」などと挑発し、トランプ氏から「(オハイオ州の)スプリングフィールドでは、不法移民がペットの犬や猫を食べている」との『失言』を引き出し、ポイントをあげた形になりました。

この場面では、トランプ氏の『ウソ』を、ハリス氏が呆れた表情で笑い、「ハリス氏優勢」の印象を与えたとされますが、不法移民による治安悪化などの問題を深刻にとらえている、普通の有権者にはどう映ったでしょうか。

“未知”のハリス氏 パフォーマンスが評価された

そもそも今回の候補者討論会は、大統領候補としてハリス氏のパフォーマンスが最大の焦点でした。ハリス氏については知らないことが多過ぎるからで、逆に言えば、トランプ氏のことは、もう嫌と言うほど皆よく「知っている」のです。従って、ハリス氏がトランプ氏と十二分に渡り合える候補であることを示せたことが注目されたのは当然です。その点でハリス氏はそれなりの成果を上げたと言えるでしょう。

討論会後のCNNテレビの世論調査で、ハリス氏の方が良かった人が63%で、トランプ氏が良かった人が37%だったされています。

「経済」「移民」で浮動票を取り込めるか

しかし、有権者の2大関心テーマである、経済と移民についてみると、どうでしょうか?討論会前9月上旬のニューヨークタイムズの世論調査では、経済政策について、56%対40%、移民問題については53%対42%で、いずれも圧倒的にトランプ氏の方が良いと見られています。

今回の討論会のやり取りを見た上で、この差が少なくとも縮まらなければ、ハリス優勢とはとても言えないでしょう。

アメリカ大統領選は、限られた激戦州の、残された少しの浮動票の行方が、結果を左右するからです。元来の民主党シンパの有権者が、ハリス氏の振る舞いに鼓舞されても、結果にはそれほど大きな影響はありません。

ハリス氏が勝利するためには、最後の最後まで(投票に行くかを含めて)迷っている人々を、この2大テーマで納得させられるかが大きな課題だと、改めて感じさせられました。

播摩 卓士(BS-TBS「Bizスクエア」メインキャスター)

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