(ブルームバーグ):日本製鉄の141億ドル(約2兆円)でのUSスチール買収計画が瀬戸際に立たされる中、鍵を握る全米鉄鋼労働組合(USW)が軟化する兆しはなく、計画が頓挫する公算が大きくなってきた。

日鉄は11日夜、USスチールとの共同ウェブサイトにUSWとこれまでやり取りした書簡や経緯を公表した。理由については、USWとの対話や同社が労組に提示してきた約束に関する「誤った情報が流布されている」ためだとした。

森高弘氏

買収計画を巡っては、国家安全保障上の脅威となるかどうかを対米外国投資委員会(CFIUS)が審査している。11月の米大統領選で労組票を取り込みたい民主党・共和党双方から買収に否定的な声が相次ぎ、バイデン大統領はCFIUSの決定が自身に伝えられ次第、阻止する計画だと伝えられている。

バイデン米大統領、日本製鉄のUSスチール買収計画阻止へ-関係者

日鉄の森高弘副会長兼副社長は、米政府高官らとの協議のため11日にワシントン入りしたが、働きかけが実を結ぶかは不透明だ。一方、USWのデービッド・マッコール会長は12日にホワイトハウスへ送付した文書で、この買収を「実現の見込みのない取引」と呼び、「組合員や退職者の反対は揺るがない」と強調した。

13日夕方には、日本製鉄によるUSスチール買収計画をバイデン米大統領が近く阻止するとみられる中、日鉄がバイデン氏に書簡を送っていたことが分かった。日鉄の広報担当者によると、同社の橋本英二会長兼最高経営責任者(CEO)とUSスチールのデビット・ブリットCEOなどの署名を入れた書簡を8日に送ったという。

不一致

昨年12月の買収発表の前から、労組側とのボタンの掛け違いは生じていた。USスチールは8月、米同業のクリーブランド・クリフスからの買収提案を拒否し、戦略的選択肢の検討を開始。その後、欧州アルセロール・ミタルやカナダのステルコなど複数の鉄鋼会社が買収に意欲を示しているとの観測が流れる中、USWは11月、経過に関する情報が提供されないことについて不満を示した。

日鉄による買収が12月18日に発表されると、USWのマッコール会長はすかさず声明文を発表し、USスチールと日鉄が買収について労組への連絡を怠ったことを批判した。マッコール氏は日鉄の森副会長に宛てた4月5日の電子メールでも、日鉄がUSWや組合員などを当初から「軽視してきた」などと非難した。

日鉄の広報担当者は、守秘義務があるためUSWに事前に伝えることはできなかったと説明した。買収契約の締結後に北米日本製鉄の社長を務める大野寛氏がマッコール氏などに対して書簡を送付しており、それが最短での連絡だったと述べた。

対立の背景には、USスチールとUSWの関係がそれ以前から悪化していたこともあるとみられる。数年前、ペンシルベニア州で組合の運営するモンバレー製鉄所に行うはずだった約13億ドル(約1800億円)の改修計画をUSスチールがキャンセルしたことがある。最先端の電炉ミニミル、ビッグ・リバー・スチールの完全子会社化や同工場への追加投資がかさんだためだ。

マッコール氏は組合員へのメモなどでこの件を引き合いに出し、日鉄が掲げるUSスチールへの追加投資計画も、過去の空虚な約束と同様だなどと繰り返し批判している。

疑心

事態を打開するには対話を通じた信頼関係の構築が欠かせないが、いまだ会談すらままならない。森氏とマッコール氏の初会談は買収発表から約3カ月後の3月7日だ。だが、マッコール氏は組合員らへのメモで、同会談では何の進展もなく1時間足らずで終わったとし、「日本製鉄は依然としてUSWの信頼を獲得していない」と断じた。

4月以降、さらなる会談を求める森氏に対し、マッコール氏からはつれない返事が続いた。4月5日の森氏宛てのメールでは、森氏の努力に感謝しているとした上で、「率直に言いたい。われわれ2人の1時間の会談では日鉄のUSスチール買収案に関する致命的な問題は解決しない」と述べた。

結局、森氏が再びマッコール氏と会談できたのは7月12日だった。労働協約などについて協議された約45分間の同会談から数日後、森氏はさらなる協議を望むなどとするメールを送ったが、返ってきたのは買収反対の主張を繰り返したプレスリリースなど、47ページの文書だった。

拒否

マッコール氏はその後、日鉄がUSスチールの経営権を継承する資格があるかどうかの判断を巡って8月15日にUSWとUSスチールの間で仲裁手続きが始まったことなどを理由に会談を拒否している。8月のインタビューで森氏は、9月中に出るとみられる仲裁判断で日鉄に継承資格があることが示されれば、USWとの協議が進展すると期待を示していた。

しかし、買収に関するバイデン氏の判断が近いとみられる中、USWと関係改善を図るために残された時間は少ない。SMBC日興証券の山口敦アナリストらは9日付のリポートで、「仮に、米大統領が中止命令を下せば、本案件はここで終了となる」と述べた。日鉄には5億6500万ドル(約800億円)の違約金が発生する見通しだが、業績水準が高く多額の資産を有する同社の経営体力を弱める額でもないとの見方を示した。

一方、USスチールは日鉄からの投資がなければ「一段の縮小均衡を余儀なくされるかもしれない」という。山口氏らは「過去1世紀、米国の高炉産業はUSWが近視眼的な利益を追求した結果、電炉に駆逐されてきた。歴史はまた繰り返されるのであろうか」と問いかけた。

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