(ブルームバーグ):おはようございます。布施太郎です。今月のニュースレターをお届けします。

8月は夏休みシーズンということもあり、読みきれなかった本をこの機会に読破された方も多いのではないでしょうか。私もそのうちの1冊だった『わが投資術 市場は誰に微笑むか』(講談社)を読了しました。

今回はその著者で、長期にわたり高い運用実績を残し「伝説のファンドマネジャー」として知られる清原達郎氏のインタビューを企画しました。清原氏に質問項目を送付した矢先に起きたのが、5日の東京株式市場の大暴落です。慌てて追加質問を送り、回答を受け取りました。

日経平均株価の下げ幅は5日、過去最大を更新した。

『わが投資術』には、清原氏の投資セオリーがふんだんに盛り込まれていますが、同時に市場からは順風満帆にパフォーマンスを上げているように見えていたファンドが、実は幾度か危機に直面していたことが赤裸々につづられています。

2008年のリーマン・ショックの際には、破綻の瀬戸際に追い込まれ、自らの資産をほぼ全てファンドに組み入れて切り抜けた局面が描かれています。ファンドマネジャーとしての覚悟に驚かされました。

著書によると、清原氏は、1981年に東京大学教養学部を卒業し、野村証券に入社。その後、ゴールドマン・サックス東京支店やモルガン・スタンレー証券、スパークス投資顧問を経て、98年にタワー投資顧問で基幹ファンド「タワーK1ファンド」を立ち上げました。

2023年11月にファンドの運用を終え、退社。講談社によれば、『わが投資術』は今年3月の出版以来、発売部数が累計20万部を突破。出版取次大手トーハンの調査では、単行本のビジネス書で上半期のベストセラー5位にランクインしています。

文書による回答を、一問一答形式に再構成したインタビューは以下の通りです。

暴落の日、200億円以上の買い注文

ー東京株式市場が5日に大暴落しました。どう見ていたのでしょうか。

「私が当日何をしたのかお話ししましょう。私は昨年引退してからは新規の投資はしていませんでした。もちろん相場が暴落すればまた買うつもりでしたが、その機会が5日に訪れました。夕方になって東京市場の暴落を知ったのです。何でこんなに下がるのか、買わなきゃと思いました。証券会社にある現金230億円を全部使おうと」

「翌日の日本株の寄り付きで買えるかもしれない機会を狙って、夜の10時まで細切れの注文を入れました。200億円以上の買い注文を入れて、全部空振りかと思っていたのですが、メガバンク1銘柄を105億円分買えていました。とても幸運でした」

ー日本株市場の今後の見通しをどのようにみていますか。

「私はこれまで相場の予想を外しまくってきました。日本株の急騰も全く予測できませんでした。『日本の金利は上がっても大したことはないだろう』との予想はおおむね当たっていたのですが『米国の金利がもっと早く下がり日米金利差が縮小する』と誤った予測をしていたので、ここまで極端に円安になるとは思っていなかったのです」

「日本株への見方について、私はもう一つ大きな過ちを犯していました。株価が上がれば自社株買いは減ると思っていたのです。今のところ、その兆候は見られず、むしろ増加傾向にあります」

「日本株は上がったといってもバブルではなくまだ割安です。今後、ある程度相場は戻って、それ以降は日本企業の実力次第ですが、自社株買いが続いているので株価が継続的に上昇する可能性が高いと思います。今回の暴落は実体のない雑音だったということです」

日本企業の再編に期待

ー日本企業の変化をどのように評価していますか。

「日本企業は昔と違って将来をより現実的に捉えるようになり、無駄な設備投資を控えるようになってきました。今や企業が大きな設備投資をする際は、自分の得意分野で勝算がある場合に限られます。だからキャッシュフローも改善し、自社株買いもできるという具合に好循環が生まれています」

「昔は真逆でした。ある企業が半導体や液晶などに設備投資をすると、どの企業も負けじと横並びで投資をしたのです。そこには冷静なリターンの計算などありませんでした。結果、供給過剰で不況時には大きな赤字になり、バランスシートも傷んで新株の発行で資金を調達するという悪循環に陥っていったのです。日本株が長期にわたって低迷を続けたのも当然です」

ー日本企業のガバナンスも改善してきていますか。

「昔は企業の主要株主は、持ち合いの事業会社か金融機関で、一般の投資家に関連するガバナンスはありませんでした。100点満点で言えば0点です。今は80点といったところでしょうか。もう合格点に達しています」

「一部の大株主を除いて採決する『マジョリティー・オブ・マイノリティー』(MOM)の恣意(しい)的な運用や、買収防衛策の「ポイズンピル(毒薬条項)」が禁止されれば、さらに5点上がって85点になるでしょう。それでは100点にするにはどうすればいいか。これは私の偏った主観に過ぎませんが、経営者はもっと『経営統合』を目指すべきだと考えています」

経営者の楽観論が悲劇招く

ー日本企業や日本株についてポジティブな見方をしていますか。

「経営者が日本の未来に過度な期待をして、実際には駄目だった時に悲劇が起きます。1980年に日本の粗鋼生産は約1億トンでした。それが1億5000万トンに増えると楽観的に予想して設備投資を行いましたが、結局1億トン止まりで、余剰生産能力を抱えた結果、その後20年以上も苦しむことになりました」

「今でも局所的にそのような楽観論が見られます。典型が電気自動車(EV)でしたが、早めに夢から覚めて何とか助かった感はあります。ひどいのが人工知能(AI)や半導体製造装置だと思います。将来にわたってかなり苦しむことになるでしょう」

「しかし、全体としては経営者が日本の将来を過度に楽観しているようには見えません。ほとんどの会社はキャッシュフローを大切に経営しています。自社株買いや増配は続き、株価が上がっていく余地は十分あるでしょう」

ー株価が10倍になるような銘柄は日本市場にまだありますか。

「あると思います。ただそれは中小型株に限られます。大型株で10倍は無理でしょう。中小型割安株も株価がだいぶ上がってきたので、それを見つけるのに今まで以上に努力が必要でしょう」

保有銘柄はファンド運用の「残骸」

ー日本の金融機関の顧客本位の姿勢は浸透してきたと考えていますか。

「日本でも投資信託はパッシブ運用が主流になりつつあり、健全な方向に進んできていると思っています。高リスクで複雑な仕組み債の販売も金融庁の指導もありかなり減少してきたのではないでしょうか。手数料が不透明なラップ口座が減ってくればさらに健全になると思います」

「今一番気を付けなければいけないのは詐欺です。特にSNS(交流サイト)から誘導する詐欺は急激に増加しています。私自身はSNSを使っていませんが、私を名乗る偽サイトも数十あるぐらいです。また『未公開株投資』はほとんどが詐欺と言っていいでしょう」

ー複数の銘柄の大量保有報告書で名前が出てきますが、どのような投資スタンスなのでしょうか(保有銘柄は、ACCESS、BBDイニシアティブ、日精樹脂工業、ヤギ、東洋機械金属、遠藤製作所、クルーズ)

「私は今、終活段階です。引退してからは今回を除けば新規の投資はしていません。今持っている株はファンド運用の『残骸』です。これから時間をかけて売っていくことになるでしょう」

「ただ、将来性が見出せない銘柄はファンドを閉鎖する際にすでに売ってしまっているので、残骸と言ってもそれなりに将来性を見込んでいるか、将来性が大して見込めなくてもあまりにも割安だと思っている銘柄です。割安株が多いので今の値段では売らないかもしれません」

「でも私が5%以上保有している株には特に気を付けてください。個人で発行済みの3%以上株を保有すると配当課税が55%に跳ね上がるのです。従って私には3%以下になるまで株を売却する強いインセンティブが生じます。私が大量保有していることがその株にとってポジティブだとはとても思えません」

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