7月3日に日本円の象徴である新しいお札が発行された。中でも一万円札は40年ぶりに顔が変わったが、物価高・円安でその1万円の価値は下がってきている。
40年ぶり新たな顔に 一万円札の価値に変化は!?
各地で沸いた新紙幣フィーバー。銀行のATMには長蛇の列ができた。全員新紙幣を求める人たちだ。一番乗りで両替した人は「一番目にここで新紙幣に触れて嬉しい。緊張と新しいものが出てくるわくわくでちょっと震えた」と喜びを噛みしめた。
新紙幣の発行による経済効果は約1兆6300億円に上るとも試算されている。日本銀行の植田和男総裁は「キャッシュレスが進展しつつある世の中だが、現金は誰でもいつでもどこでも安心して使える決済手段で重要であると考えている。日本銀行としては現金に対する需要がある限り、責任を持って供給をしていきたい」と語った。
東京・上野の百貨店、松坂屋上野店では、40年間にわたって一万円札の顔となってきた福沢諭吉に感謝する「ありがとう諭吉セール」を開催。松阪屋上野店の森本憲吉さんは「松坂屋としても良いときも悪いときも福沢諭吉さんに助けられたという思いがあるので、諭吉さんに感謝をして“ありがとう諭吉セール”を開催した」という。うなぎ、数の子など海の幸が入った豪華なセットをはじめ、税込1万円均一の商品(全37種類)がズラリ。7月16日までの開催だが、早くも完売の商品も出ている。森本さんは「円安とか物価高で厳しい状況はあると思うが、一万円札、新紙幣は注目を浴びているし、使いたいというお客様が必ずいると考えている」と期待している。
一万円札の顔は、1984年に聖徳太子から福沢諭吉になって以来40年ぶりの変更だ。福沢諭吉の一万円札が発行された1984年は、日経平均株価が初めて1万円を突破。1ドル250円の時代でマクドナルドのハンバーガーは210円だった。1985年にドル高を是正するためのプラザ合意がまとめられ、円高が急激に進むと、日本は円高不況に。日銀は公定歩合を引き下げる金融緩和措置を行った。これにより景気が回復し、土地と株価が急騰するバブル景気に突入。しかし、90年代前半のバブル崩壊で景色は一変。日本経済は長きに渡って物価が下落するデフレに悩まされてきた。ハンバーガーは2002年から2003年の間、税別59円まで値下がりした。その後、コロナ禍・ロシアのウクライナ侵攻を経て、世界はデフレからインフレの時代に。ハンバーガーは現在170円まで値上がりした。
一万円札の価値は40年でどう変わったのか。今の物価で算出すると、40年間で7660円にまで目減りした。80代女性は「1万円のものを買うといっても前の4~5000円のものが1万円になっているから、(紙幣価値は)半分ぐらいに減っている。70代男性は「昔と比べたらやはり昔の1万円の方が価値は高かった。今1万円出してもあっという間に減っていく」。60代男性も「1万円が財布の中に入っていたりすると、胸張って歩けたような時代だった。今1万円の価値があっても10年後には5000円の価値しかないのかとか、そういう不安は大変大きい」。という。渋沢栄一に代わった一万円札の価値はこれからどう変わるのか。
暮らしの中で1万円の価値はどう変化した? そしてこれからはどうなる?
1984年、一万円札が聖徳太子から福沢諭吉に切り替わってからの40年間のドル円相場を振り返ると、40年前は1ドル250円だったが、1985年のプラザ合意の後、円相場は長期にわたって円高方向の動きが続いた。そして2012年のアベノミクスで、日銀が大規模な金融緩和に踏み切ったことで、円安へと流れが変わっていった。
その間、物価もずいぶん変わった。代表的な数字として、マクドナルドのハンバーガーの価格の歴史を見る。40年前は210円だったが、バブル崩壊後に大きく値下げし、2002年には期間限定で59円という価格もあった。その後10年以上100円から120円を維持していたが、2022年以降は原材料価格の高騰や人件費、物流費などの上昇を受けて、何度も値上げし、現在は170円となった。今はどの外食チェーンも値上げしている。40年前は牛肉(輸入)も自由化してない時代なので210円でも当然だが、長いデフレの時代があって、ここ最近の値上がりがやはり激しいことがよくわかる。
40年間で一万円札の価値がどのように変化してきたのか。今の物価で算出したところ、7660円にまで目減りしていた。細かく見ていくと、バブル景気時は物価も上がっていたので減価しているが、バブル崩壊の頃から長い間8000円から9000円で、むしろデフレで価値が上がった時代もあった。
――長い期間、1万円の価値はあまり変わらなかったなという感じもする。
第一生命経済研究所 首席エコノミスト 熊野英生氏:
40年で1万円の価値が7660円、約24%下がったという話だが、下がったほとんどの要因はここ3年間に8%ぐらい下がったこと。この3年を除くと、あとは消費税額が上がった部分もあるので、物価の安定に成功していた。日銀はこの3年間、物価安定に失敗しているということだ。
――インフレと円安があり、一万円札の価値がこの先どれくらい急速に下がるのか、下がらないのか不安だが、消費者物価指数をみると、2024年5月で、2.5%。今後も高い物価上昇が続くのか。
第一生命経済研究所 首席エコノミスト 熊野英生氏:
2%というか、3%もあるかもしれない。物価の不安は尽きない。特に為替レート次第で物価の情勢が変わっていくと思う。
――電気代・ガス代の補助が再開されて消費者物価が少し下がるのではないかと、期待されているが、うまくいくのか。
第一生命経済研究所 首席エコノミスト 熊野英生氏:
8月から10月の期間限定で岸田首相は電気ガス代を下げると言っていて、消費者物価全体の0.5%を押し下げるとされているが、今の円安は対前年比でいうと15%も円安になっているので、これが続くと、0.7%ぐらいの押し上げになるので、岸田首相の期間限定サービスは、実はもう円安で消し飛んでいる。だから今後円安がもっと進めば、負担増、物価上昇の方が大きいという見方だ。
物価が想定より高い水準で推移してくると、財布のひもはどうしても硬くならざるを得ないが、一方で賃金の方はどれくらい上がるのか。2024年の春闘について連合の最終集計が発表された。賃上げ率は平均で5.10%となり、33年ぶりの高い水準となっている。ベア率は3.56%で集計を開始した2015年以降で最も高い数字だった。
――2024年の春闘は非常に良い数字で、ベアも大手も中小も含めて3%以上なので申し分ない数字だが、課題はあるか?
第一生命経済研究所 首席エコノミスト 熊野英生氏:
これは大手・大企業、大体従業員の3割。7割を占める中小企業の賃上げはついてきていないのではといわれているが、価格転嫁次第。つまり中小企業に価格転嫁ができてくれば大手に中小もついてくるといわれている。中小企業庁などの調査では価格転嫁率が45%ぐらい。だからまだまだ50%以上、価格転嫁を進めないといけない。2025年にかけて価格転嫁が進めば、中小企業、7割の部分の賃上げも追いついてくるので、まだ賃上げは道半ばだ。
――2024年の春闘は良い数字が出たが、来春も同じような数字が出せるかどうかが、むしろ課題か?
第一生命経済研究所 首席エコノミスト 熊野英生氏:
価格転嫁を伴って、2025年も賃上げが継続できるかどうかが勝負だ。
賃上げしないと需要が弱くて消費も弱いままになり、好循環にならないという問題がある。そこで足元のGDPを見てみると…2024年1月から3月までのGDP国内総生産の改定値が発表され、年率換算でマイナス2.9%に下方修正された。
――足元の成長率は低くて、個人消費にいたっては4期連続のマイナスということで賃上げの声の割には需要がついてきてない。
第一生命経済研究所 首席エコノミスト 熊野英生氏:
事実上、景気後退と同じ。もちろん専門家の意見としては「企業収益、生産輸出が上向いているから、景気後退ではない」というが、家計の実感は「この状況は景気後退と同じだ」というふうに感じていると思う。
――物価上昇に賃金上昇が追い付かなくて、実質賃金がマイナスになっていて、消費マインドが非常にシュリンク(低迷)しているということか。
第一生命経済研究所 首席エコノミスト 熊野英生氏:
円安が行き過ぎていることと、日銀の2%の物価上昇目標が、身の丈に合わず、高過ぎると。だから賃金が追いつかないという問題がある。
――今後の経済運営で一番大事なことは、物価をモデレート(適度)にしていくということか。
第一生命経済研究所 首席エコノミスト 熊野英生氏:
今後、定額減税や賃上げが少しずつ進んでいくような効果で、消費も良くなっていく機運はあるが、油断大敵。やはり円安・物価上昇が進むと、消費が増えていく、賃金が増えていく“頭”を押さえるので、秋以降に円安が進むかどうかが勝負だ。
(BS-TBS『Bizスクエア』 7月6日放送より)
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<プロフィール>
熊野英生 氏
第一生命経済研究所 首席エコノミスト
金融・財政政策を中心に幅広くカバー
近著「インフレ課税と闘う!」
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