(ブルームバーグ): 元日本国債ディーラーの久保田博幸氏は昨秋、「債券村」とも呼ばれる債券市場の関係者たちが集う屋形船の会を数年ぶりに再開した。海外の市場関係者から閉鎖的と捉えられてきたこの村の住人たちが、いま世界のヘッジファンドなどから熱い視線を浴びている。

  主催した久保田氏は20年前と「雰囲気は変わっていない」と話す。参加者にはかつて「金利のある世界」で稼いできた往年のプロたちもいる。現在は50代から60代だ。東京スカイツリーやレインボーブリッジが映える夜景もよそに、屋形船の上は国債という共通の話題と、久々の再会に「盛り上がった」と言う。

日本銀行Source: Bloomberg

  久保田氏は国内証券などで十数年にわたり国債取引を経験した。現在は金融アナリストだ。自身が運営する債券専門のオンラインコミュニティーのメンバーと1998年以降、一時期を除きほぼ毎年のように集会を開いてきた。

  日本銀行が金融政策を変更する中、新型コロナウイルスで中断されていた屋形船の会を再開させた。日銀は2023年10月に国債金利の誘導目標を柔軟化し、24年3月には17年ぶりの利上げに動いた。年内の再利上げが予想される中、約1200兆円に上る国債市場のボラティリティーは08年の金融危機以来のレベルに急上昇した。

  20年ほど前の「債券村」は、海外勢から内向きな集団として見られてきた。集まりの場で扱う資料や交わされる会話が日本語中心だったことなどから、立ち入りにくい場所との印象を与えていたようだ。

  債券村の住人で91年から債券のポートフォリオマネジャーとしてキャリアをスタートさせたアムンディ・ジャパンの有江慎一郎チーフ・インベストメント・オフィサーは、「意識的に排他的、エクスクルーシブにしているわけではない」と話す。英語でのやり取りの機会もないため、国内債券市場の外から「閉じた世界」に見えるのではないかとみている。

  元国債トレーダーで、00年に小説「日本国債」を執筆した幸田真音氏は、「債券村には日本独特のところがある」と語る。村の住人同士の情報交換は非常に重要で、大口投資家が国債を売却するとのうわさで市場が動く可能性もあるため、取引執行を迷う運用資産の大きな投資家を「池の中のクジラ」と呼ぶなど隠語も多く使われているという。

  他にも、国債入札で順位を気にして、高値で落札してしまうことを「顔面ブロック」と呼び、新規参入の海外勢を「観光客」と表現する。久保田氏は、日本橋の居酒屋などで国債ディーラーやブローカーなどが集まり、交流を深めていたと振り返った。

「住人」プレミアム

  しかし、海外投資家による取引額が、国債先物の約4分の3を占め、過去最高水準にあるいま、情報網である「債券村」の存在価値は一変した。債券取引に関する豊富な知識や経験を持つ「村の住人」は、金利のある世界での稼ぎ方を知っている人材として、引く手あまたとなり、プレミアムも付いている。

  1990年代前半、香港を拠点とする日本国債などのジュニア・トレーダーだったレドモンド・ウォン氏は、有益な情報は東京から電話で得ることもあったという。現在はサクソ・キャピタル・マーケッツのチーフ・チャイナ・ストラテジストを務める同氏は「東京のブローカーとつながる必要があった」と話す。

  債券村は金融機関などの経営幹部も輩出してきた。野村ホールディングスの中島豊副社長や、野村証券の債券部門でキャリアを積んだ元日本取引所グループの最高経営責任者(CEO)の斉藤惇氏も債券村の住人だったとされている。

  債券取引が活発化する今、英ヘッジファンドのキャプラ・インベストメント・マネジメントは、日本国債の取引経験者らの積極的な採用を実施。ミレニアム・マネジメントやシンガポールのヘッジファンド、ダイモン・アジア・キャピタルも人材獲得を進める。

  人材紹介会社モーガンマッキンリーの熊沢義喜ディレクターによれば、ヘッジファンドにより異なるものの、トレーダーが稼いだ利益の20%程度をボーナスとして支払うケースもあるという。ヘッジファンドだけでなく、銀行も債券トレーダーなどを厚遇し始めている。  

  作家の幸田氏は、債券村と呼ばれているが、「決してメンバーだけが良い思いをしようとして集まっているわけでもない」と指摘。住人は「プライドもあり、洗練されたやり方でより良いマーケットを目指している」と語った。

--取材協力:梅川崇、佐野七緒、Masaki Kondo.

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