(写真:© 2020 Bloomberg Finance LP)実は、身の回りにあるモノやサービスはマーケティングで解き明かすことができます。何気なく飲んでいるコーヒーも、手に持っているスマートフォンも、乗っているオートバイや車も、これから食べるご飯もそうです。気がついていないだけで、私たちの日常はマーケティングによってできています。そんな身近なマーケティングのあれこれについて、キッコーマンの元役員、そしてマーケターの三宅宏さんの書籍『世界はマーケティングでできている』より一部抜粋・再構成してハーレーダビッドソンを題材に「関係性マーケティング」について解説します。

ハーレーの何がそこまでファンを引きつけるのか

沖縄に移住している私の大先輩がいます。沖縄に出張すると必ずご一緒してお話を伺うのですが、コロナ前にお会いしたとき、「三宅、いま大型のバイクの免許を取るために教習所に通っているのだよ。だから毎日筋トレをしているのだ」と嬉しそうに笑っていました。私はポカンとしました。先輩は齢70になろうとしているからです。

その後お会いすると1枚の写真をポケットからニタニタしながら出して見せてくれました。その写真には大型のハーレーダビッドソンに乗った先輩とツーリング仲間が一緒に写っていました。年に何回かハーレーダビッドソン愛好家と一緒に隊列を組んで、ゆっくり堂々と走る王者のツーリングが何よりも楽しいと本当に嬉しそうでした。

ハーレーの何がそこまでファンを引きつけるのかについて触れてみたいと思います。ハーレーダビッドソンの誕生は、1903年のウィスコンシン州ミルウォーキー。好奇心に富む3人の若者が自転車のフレームにバイクのエンジンを組み込めないかと考えた冒険からでした。心臓部を作ったウィリアム・S・ハーレー(William Sylvester Harley)とダビッドソン兄弟の名前をとってハーレーダビッドソンとなりました。

1950年から1960年代に戦後英国製バイクやその後の日本のバイクが台頭してきます。生き残るため巨大資本AMGの傘下に入ります。1969年ピーター・フォンダ主演の伝説の映画「イージー・ライダー」によってハーレーに乗って米国を横断していく姿は、多くの若者の心をつかみました。

資本力にものをいわせ大きな設備投資をし、生産台数が一挙に5倍近くになります。しかし全体的な品質面が低下し、ユーザー離れと利益の低下をもたらします。過剰生産が今まで築いてきたブランド資産を棄却したのでした。お荷物になったハーレーの売却をAMGは目論みますが、落ち目になったハーレーを買う企業は現れず、ハーレーを愛する13人の経営陣が借金をして買い戻します。

1981年にハーレーダビッドソンは再び独立します。しかしホンダやヤマハや欧州勢などの競合の前に最悪の業績となり稼働率は半分以下になります。

アメリカで唯一生き残ったオートバイメーカーを守るため、アメリカは5年間という期限つきで大型バイクの輸入に関して関税を課します。この間にハーレーは抜本的改革に乗り出し、新技術の導入や従業員関与、統計的プロセス管理、ディラー獲得や顧客維持を支援するプログラムも導入し大きな成果を上げ復活を果たします。中でも顧客との関係性構築に貢献したのは、「H・O・G」とよばれるハーレー・オーナーズ・グループでした。

日本でのハーレーダビッドソン

日本でのハーレーダビッドソンに話を移しましょう。輸入は古く、1917年には宮内省と陸軍にハーレーが納入されていたようです。戦前、製薬会社の三共が輸入権を獲得し、その後国内生産の契約をとりつけました。

1989年にアメリカのハーレーダビッドソンが日本子会社としてハーレーダビッドソンジャパン(以下HDJ)を設立。HDJは1991年にアメリカ・ハーレーダビッドソン100%の完全子会社となり、奥井俊史社長が誕生しました。当初はホンダ、ヤマハ、スズキ、カワサキという世界を席巻する強豪オートバイメーカーがしのぎを削る日本市場では流石のHDJも大苦戦するだろうと思われていました。

しかも年々市場が縮小し過当競争になっていました。そんな中でも奥井社長率いるHDJは年々シェアを増加させ、2000年には751cc以上の大型バイク市場でハーレーダビッドソンはシェアNo.1をとるに至りました。

なぜ縮小するバイク市場でHDJは成長できたのでしょうか。価格は日本勢の大型バイクが100万円とすると、2倍以上する220万円以上の高価格路線でした。物理的な性能ではハーレーは日本のオートバイに劣っています。しかも燃費も悪くさらに重いのです。奥井社長は、価格でなく価値を経験させて売る戦略に徹したのです。

関係性構築の視点からいうと、販売店との太い関係性構築を目指すディライトフル・リレーションシップと、直接顧客にハーレーの世界観を体験させ、経験価値を高めて関係性構築をする2本柱でした。当時まだネットもあまり発達せず、SNSなどのツールが全くなかった90年代に関係性マーケティングをしているのです。奥田マーケティングを一言でいうと、モノを売るマーケティングではなく、コトを創るマーケティングに徹したことでした。

販売店とウエットな人間関係を構築

HDJは直営の販売店を持っていません。ハーレーの正規販売店は日本のオートバイ販売店のわずか1%に過ぎませんでした。その3分の2はハーレー以外のメーカーとの併売店で、しかも小規模な販売店がほとんどでした。

店主にはメールさえも使えない昔ながらの頑固な人も多く、データベース・マーケティングとかディライトフル・リレーションシップ・マーケティングとかに全く関心もありませんでした。聞く耳を持たなかったのです。これらの店主たちを奥井社長と営業部隊は、根気強く、ウエットな人間関係などのアナログと各種データの管理と共有というデジタルの両面で根気強くアプローチしていきました。

例えば、奥井社長や営業部隊は販売店の店員の結婚記念日や誕生日にメッセージやプレゼントを贈ったりして徐々に関係を重ねていきました。営業担当者は日々販売店の相談に耳を傾けてアドバイスを親身になってやっていきました。

商機を逃さず顧客にアプローチできるようにするため、それぞれの販売店やHDJでバラバラだった顧客情報を一元化して共有できるデータベースも構築しました。これらによってハーレーを扱っている販売店の売り上げが増えていきました。

面白いもので「HDJと関係していると儲かる」となると正規販売店とHDJとの絆はますます強くなっていきました。顧客データが正規販売店とHDJの間で完全に共有されました。

顧客との関係性構築の2つの柱

顧客との関係性構築は主に2つの柱があります。1つはハーレーを購入してくれた既存顧客や新たに購入した新規顧客に対してです。もう1つは潜在顧客に対してです。ハーレーを購入すると全員「LIFE STYLE BOOK」という冊子を受け取ります。そこには「ハーレー10の楽しみ」が書かれています。

「知る」楽しみ ハーレーの歴史や商品についてあれこれ知る楽しみです。「乗る」楽しみ 読んで頭に入れてから乗ってみるとハーレー好きにはたまらない楽しさ。「創る」楽しみ これもたまりません。自分好みに愛車をカスタマイズする楽しみです。「競う」楽しみ 仲間とファッションやカスタム、レースなどで自分らしさを競います。「選ぶ」楽しみ パーツやファッションや装飾など選ぶ楽しみが広がります。「出会う」楽しみ ハーレーを通して仲間と出会う楽しみが世界を広げてくれます。「愛でる」楽しみ 愛車を常に手入れし優しく乗っていると愛着が増していきます。「装う」楽しみ 装飾を施し自分もハーレーファッションをして乗るとわくわくします。「海外交流の」楽しみ 海外のメンバーたちとの刺激的な交流会を経験できます。「満足」 これらの楽しみを通じて満足感がどんどん高まります。

要は10のカテゴリーでより深く、より広く楽しめるようなプログラムが用意されているのです。

例えば、ハーレーのウエアなどファッションアイテムも充実しています。純正パーツも充実しています。購入後もハーレー・ライフをもっと楽しめるのです。女性ライダーのファッションショーなども開催されます。

また、「出会う」楽しさでは前述の米国復活の1つの鍵であるH・O・G(ハーレー・オーナー・グループ)コミュニティがあります。HDは全世界で130か国以上に広がります。H・O・Gジャパンは1994年に設立され、会員数は世界2位です。年会費を払って加入すると専用のピンとメンバーズカードが渡され、メンバー限定や優待制度のあるイベントに参加できます。オーナーがハーレーのある生活を楽しみ、より充実させる大きな魅力になっています。仲間のオーナーたちとの大規模なツーリングも楽しみです。全国にチャプターとよばれるH・O・G地域ごとの支部があります。

イベントも盛んに開催されます。このイベントにはオーナーだけでなく、その家族や友人、ハーレーに関心を持つ潜在顧客などさまざまな層が参加します。HDJのスタッフだけでなく、オーナーや参加者が共創して楽しいイベントになるのです。大規模なイベントとしては、何万人も集まる「富士ブルースカイヘブン」や「長崎ハーレーフェスティバル」があります。

1998年の富士ブルースカイヘブンの初回への参加者は1700人足らずでしたが、11年後の11回には5万人を超えました。そのうちの半数以上はハーレーの非オーナーです。

ハーレーの10の楽しみを具現化した企画がたくさんあります。それでいてHDJや販売店の内輪ノリや自己満足は見られず、参加者の誰もが楽しめるイベントなのです。ですからこのイベントを通じてハーレーの購入を決めた人が続出します。

オーナーにとっても、ファン同士の交流が生まれると、イベントを離れても交流が継続・拡大しファン同士その関係度合が深まっていくのです。イベントを通じての顧客体験は、関係構築の原動力ともなっています。このようにHDJは顧客体験を重視した関係性マーケティングでさらにコアな熱烈ファンを増やし顧客や販売店とともに「価値共創」をし続けているのです。

顧客ロイヤリティ(忠誠度)という考え方

マーケティングの観点からみると、既存顧客にどれだけ商品やサービスを使ってもらっているかという考え方として顧客ロイヤリティ(忠誠度)があります。関係性マーケティングの1つの目的は、ロイヤル・ユーザーを獲得することです。そのためには、顧客に驚きと感動体験をさせることも重要になります。まさにその見本が東京ディズニーランドです。

ハーレーダビッドソンジャパンも、感動体験ができる非ユーザーも参加する大規模イベントや、既存オーナーのクラブ組織H・O・Gで「ハーレーの10の楽しみ」をさらに深めることができるのです。 

HDJは多くのロイヤル・ユーザー(熱狂的なファン)に支えられているので、直営販売店やマス広告投資をしなくても強い顧客との関係性構築ができています。つまりロイヤル・ユーザーを獲得するには顧客の感動体験や体験価値の積み重ねが効いてくるのです。顧客の流れはこうなります。

「非ユーザー」⇒「トライアル・ユーザー」⇒「リピート・ユーザー」⇒「ロイヤル・ユーザー(熱烈なファン)」

もう1つの関係構築の目的は、【顧客生涯価値】(LTV:Lifetime Total Value)の最大化です。これに補足説明をしましょう。

『世界はマーケティングでできている』(総合法令出版)。書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします

これから話すことは情報技術の進展によるデータベース・マーケティングが前提になります。マーケティングに関心のない、HDJの昔ながらのオヤジのやっている零細販売店にウエットな人間関係アプローチだけでなく、営業担当は販売店の悩みや相談を真摯に聞き、顧客情報の共有化のCRMシステムを販売店に導入します。

さらに、試乗したりイベントに参加したりした見込み客の情報も加味した、新しい顧客関係性システムの販売店全店への導入により、販売店の新規顧客獲得率や既存顧客の維持・向上が飛躍的に高まり、結果として売り上げと利益は平均的な販売店の5倍の水準に高まりました。HDJと販売店の絆が揺るぎないものとなり、顧客・HDJ・販売店の関係構築が太くなったのはいうまでもありません。

信頼とコミットメントが鍵

関係性マーケティングでは信頼とコミットメントが鍵といわれます。ハーレーダビッドソンの10の楽しみを顧客に約束し、そのHDJのイベントやHDや自分の経験を通じて顧客の「ハーレー・ライフ」の楽しみをずっと続けたいという気持ちがコミットメントです。それはHDJと販売店、顧客の3者の信頼が基盤となっています。また販売店も売り上げを上げ利益をもたらしてくれるHDJにコミットメントしています。

またHDJは顧客には経験価値を、販売店には情報を約束して、信頼を得ています。要は「顧客や関係者との約束、信頼とコミットメント」が重要になります。この信頼とコミットメントを企業と顧客(と関係者)を結ぶ「絆(エンゲージメント)」とよびます。

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