5月12日、日曜日の夜9時15分ごろだった。
寒い夜道を歩いていると、ポケットの中で携帯電話が異様な音を立て始めた。
ロシアのあらゆるメディアが速報を打ち、ジャーナリストたちもパニック状態で、次のようなコメントを投稿している。
軍事パレードを指揮したあのショイグは、もはや国防相ではないってこと?」
リンクをたどると、連邦議会が承認したというプーチン大統領の新たな人事提案リストが出てきた。
内相、緊急事態相は変わらず、外相はラブロフ氏が留任している。
国防相には、アンドレイ・レモビッチ・ベロウソフと記されている。
ベロウソフ?
軍とは一切関係がない。第1副首相だが、経済の専門家だ。
なぜ戦争をしている国で、経済学者が突然、国防相になるのだろうか?
そして、プーチン大統領はなぜ、わざわざ日曜日の夜に人事を発表しなければならなかったのだろうか?
そのタイミングにこそ、この一見不可解な人事の秘密が隠されている。
(ANN取材団)
■ショイグ国防相の交代
ショイグ国防相は側近が汚職で次々と逮捕されるなど厳しい状況に追い込まれており、解任の可能性がずいぶんと前から指摘されていた。しかし最近は結局、留任するのではないかとの見方が大勢を占めていた。
5月9日 戦勝記念パレードに登場したショイグ氏は国防相を退任 この記事の写真は4枚交代の場合でも、トゥーラ州のデューミン知事の名前が挙げられていた。
デューミン氏は、プーチン氏の元ボディーガードで、過去に国防次官を務めたこともある。ロシア軍の様子も分かっており、兵士たちから受け入れられるだろうとみられていた。
しかし、ベロウソフ氏が選ばれた。第1副首相とはいえ経済学の専門家だ。
戦時下の国防相としては極めて不自然ではないだろうか?
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■待ったなしの軍需産業の革新?■待ったなしの軍需産業の革新?
戦時中に経済学の専門家を国防相に起用した理由について、ロシア大統領府のペスコフ報道官は、軍事産業をどう通常の経済体制に組み込んでいくかが重要なのだと説明した。軍事関連予算の膨張を認めた上で、「戦場では技術革新が必要だ」と強調した。
独立系メディア「モスクワタイムズ」は、この発言を「ショイグはイノベーションに失敗したようだ」と皮肉交じりに報じた。
ロシアは、国内で砲弾や戦車、ドローンなどを製造し続けている。このおかげで、見かけ上のGDP(国内総生産)はプラス成長となっている。
しかし一方で、ロシアは月に100から150両の戦車を生産しているが、その倍の数を失っていると欧米メディアは指摘している。
正確な数字は定まらないものの徐々に在庫が減ってきていることは確かなようだ。
ペスコフ氏が求める「技術革新」が具体的に何を意味するかは分からないが、より早くより正確に兵器を製造できるようになるということだろう。よほど大きな技術革新を起こさない限り、ロシアも長期戦を戦い抜くことはできないともいえる。
■意外な人事にちらつく中国の影
北京を訪れたべロウソフ氏(2023年11月)ベロウソフ氏について調べると興味深い事実が浮かび上がってくる。
「『一帯一路』は輸送回廊だけのプロジェクトではない。より広範な体系的なプロジェクトであり、非常に戦略的に重要な地政学的なものである。間違いなく前向きだ」去年11月25日、べロウソフ氏によるモスクワでの講演の発言だ。
直前の11月20日には第1副首相として、北京で開かれたロシア・中国投資協力に関する政府間委員会の会合などにも出席している。
ベロウソフ氏は長年、中国と非常に親密な関係を築いてきた。
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■プーチン大統領の訪中に同行か?■プーチン大統領の訪中に同行か?
プーチン大統領は15日から中国に向かうとみられている。
プーチン大統領は去年10月にも訪中していて、短期間に2度続けて自ら習近平国家主席の元を訪れることになる。
ロシア経済の屋台骨であるガスプロムが24年ぶりの赤字となった。中国とのガスパイプライン「シベリアの力2」の契約締結はロシア経済にとって不可欠なだけに、5期目のプーチン大統領にとって極めて重要な初外交となる。
この訪中にベロウソフ氏が同行する可能性はあるのだろうか?
あるクレムリンに近い関係者は、その可能性を否定しなかった。
さらに別の関係者は興味深い指摘をする。
「プーチン大統領がわざわざ日曜の夜に人事を発表したのは、訪中に間に合わせるためだ」日曜の夜9時に人事が発表されてから、議会は大急ぎで任命のプロセスを踏み、13日中に正式に承認することで、15日からの訪中に間に合わせたいという考えだというのだ。
中国は今、二次制裁を恐れて軍需産業に関連するような部品の取引などを締め付けている。
こうした状況下で、中国と近いベロウソフ氏が国防相として交渉役となることで、どうにかして軍需産業にも中国の協力を得たいロシア側の考えが、今回の人事に隠されているようだ。
政治学者のソロンニコフ氏は13日、イズベスチヤ紙にコメントし、ベロウソフ氏は中国や中央アジアとの「素晴らしい関係」を維持しているとし、国防相就任はプーチン大統領の訪中にとっても重要であると指摘している。
ただ強かな中国がそう簡単にロシア側の要求をのむとは限らない。
今回の訪中で、習近平氏はプーチン氏の足元を見て、さまざまな難題を突き付けてくるかもしれない。
国防相を変えてまですがってくるロシアは、中国にとっては格好のターゲットだ。今回の国防相人事が中国を強く意識したものだという見方が当たっているとすれば、プーチン政権は、中国に首根っこをつかまれる危険な領域に足を踏み入れたともいえる。
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■門外漢にロシア軍はついていくのか?■門外漢にロシア軍はついていくのか?
プーチン大統領とべロウソフ氏(2023年11月)さらに問題なのは、ロシア軍内部だ。
インテリ風のベロウソフ氏は軍人を率いていけるようなタイプには見えない。
軍事系のテレグラムチャンネルはこう記している。
前線で戦っている兵士たちは、軍とは全く関係のない経済学の専門家が自分たちのトップに立つことに複雑な感情を抱いているようだ。
ショイグ氏も軍人の出身ではないが、12年間国防相を務めてきた。
もちろん、就任してもベロウソフ氏は軍事面には深く関わることはなく、ゲラシモフ参謀総長が全てを統括することになるとみられている。
あるクレムリンに近い関係者はこう指摘する。
「ゲラシモフはこれまで避け続けてきた特別軍事作戦の方針について全責任を負わされることになる」今後、ゲラシモフ氏がショイグ氏の力を借りずに、ロシア軍を一人でまとめ上げられるかはわからない。
今回の人事が、経済と中国への配慮を優先するあまり、現場の兵士への配慮が行き届かなければ、プーチン大統領は自らの足をすくわれる結果を生み出す可能性もある。
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