アイドルのコンサートで使用するペンライトを持ってデモをする人々=ソウルで2024年12月6日午後9時20分、日下部元美撮影

 「弾劾! 弾劾!」――。「非常戒厳」を宣布した尹錫悦(ユンソンニョル)大統領に対する抗議デモで、爆音で流れるK-POPに合わせ、ペンライトを振る人たちの姿が注目を集めている。韓国におけるデモ文化の変遷について、韓国外国語大日本研究所の河昇彬(ハスンビン)招へい研究委員に聞いた。

 ――韓国では、いつからデモで歌うようになったのでしょうか。

 ◆まず、韓国人を表す言葉として「飲酒歌舞」が挙げられるように、昔から公共の場で歌ったり、踊ったりする文化がある。北朝鮮のニュース映像を見ても、市民がよく歌ったり踊ったりしている。朝鮮民族に刻まれているものだと思う。

 一方で、韓国のデモでは1980年代以前は日本と同じようにシュプレヒコールが主流だった。それが、80年代に民主化運動の中から「民衆歌謡」というジャンルが誕生し、デモや集会で歌われるようになった。

 いわゆるプロテストソングだ。「あなたのための行進曲」がその代表で、軍が民主化デモを鎮圧した光州事件(80年)をきっかけに作られた曲と言われている。

 各大学に民衆歌謡のサークルができ、民主化後の90年~2000年代にかけても、学生運動をする学生たちが歌を作り、多くのヒット曲が生まれた。

 民衆歌謡に合わせて踊るようになったのは90年代ごろで、「岩のように」という歌は当時の学生であればみんな踊りを知っているほど有名になった。

 ――そこからK-POPの流れになるのでしょうか。

 ◆運動の時に歌う歌はみんなが知っていないといけない。民衆歌謡は繰り返し現場で歌われることによって認知が広まった。

 一方、10年代以降はK-POPをみんなが聴くようになり、その中でヒット曲や共感できるものが運動で利用されるようになる。

 K―POPを使用したデモとして有名なのが、16年に梨花女子大の学生らが新設学部設立反対を訴えたデモだ。社会人向けの新設学部の選考が不透明であるとして、大規模なデモになった。

 この運動の中で学生たちが少女時代の「Into The New World」という歌を歌って抗議する姿が、テレビだけでなくネットを通しても注目された。この歌は他の運動でも使われるようになり、今回のデモでも広く歌われている。

 --今回、K-POPのアイドルのコンサートの際に使用するペンライトが話題になっています。新しい現象なのでしょうか。

 ◆日本語ではペンライト、韓国語では「応援棒」と言うが、デモで使用するのは新しいトレンドだ。16年の朴槿恵(パククネ)元大統領の弾劾時のデモでもペンライトを使用している人はいたが、当時はろうそくをともすという行為が強調され、象徴になった。

 今回ペンライトが多く利用されている背景には、その普及率の高さがある。

 アイドルを応援するペンライトが誕生したのが10年前後だ。その後、コンサートの運営側が観客のペンライトの光を無線で制御し、観客が一体感を持ってコンサートを楽しむといった技術の革新もあった。

 今はコンサートの必須アイテムとなっている。2~3個持っている人も珍しくない。また、ペンライトが目立つのは、今回、若い女性の参加者が多いことを示している。

 ――デモの会場ではK-POPが大音量で流れ、フェスのような雰囲気もありました。

 ◆デモだけでなく、韓国では政治の場で音楽やダンスが利用されるようになって久しい。

 金大中元大統領が当選した97年の大統領選の選挙運動で、ヒット曲の替え歌を流すようになった。00年代に入ると、選挙カーの前で選挙を手伝うボランティアの人たちが替え歌に合わせて歌ったり、踊ったりとかするのが日本でもニュースで流れるようになった。

 ――今回、「歩きスマホをしない運動本部」「論文を書いていたけど飛び出してきた人たち」「全国 家でゴロゴロ連合」といったユニークな旗をあげてデモをしている様子もネットで話題になっています。この取り組みはいつからあるのでしょうか。

 ◆16年の弾劾の時に生まれた。デモを行う人に対して、「北朝鮮の命令を受けてやっている」とか「何か政治団体の後ろ盾がある」といった指摘をする人たちがいた。

 それに怒った市民たちが特定の政治団体にいない普通の市民であることを示すために作り出したのが始まりだ。

 当初は労組のロゴなど既存のデザインのパロディーを載せたりしていたが、内容が多様化し、今ではオリジナリティーあふれる取り組みになっている。

 そして、それがネットで共有され、ネット上で意見を表明する際の大喜利ネタのように扱われたりと、ネットと連動した動きになっているのも興味深い。ペンライトと旗は今回のデモを象徴するものだと思う。

 ――旗は韓国では簡単に作れるのでしょうか。

 ◆安く簡単に作れる。日本では政治の現場ではポスターがよく使われるが、韓国は横断幕が頻繁に使用される。街中では至る所で横断幕がかかっているのを見ることができる。

 このため、横断幕をプリントする業者がたくさんあり、プリンター機を持っている学校もある。旗も横断幕も作り方は同じだ。旗の布の部分だけだと3000~5000円ぐらいで作れる。

 ――デモを楽しんでいるようにも見えるといった指摘もあります。

 ◆支配体制に対してユーモアでやり返すというのは、朝鮮王朝時代にも仮面劇などを通して、一般市民たちが支配階級をからかったり、風刺したりして楽しむという文化はあった。

 だが、それが今のデモの様子につながっているかというと、違うと思う。民主化運動においては多くの人の血が流れ、ユーモアを入れる雰囲気ではなかった。80~90年代の民衆歌謡は悲壮な曲が多いことからも当時の状況がわかる。

 デモで使用した火炎瓶で子供が被害にあい、火炎瓶の使用が禁止されたのが90年代後半。今はペンライトと旗を持っている。今のデモの雰囲気は、当時に比べ韓国社会が平和になったことを象徴しているとも言える。【聞き手・日下部元美】

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