3日夜、韓国・尹錫悦大統領が民主化後、初めて「非常戒厳」を宣布したことで、同国内は大混乱に陥っている。非常戒厳そのものは、わずか6時間で解除されたため、国会が解散され、尹が全権を握るという事態にはつながらなかったが、非常戒厳が出された影響は大きく、関与したとされる金龍顕前国防相が逮捕されると、拘置所で自殺を図ったことが明らかになるなど、緊張状態は続いている。
【映像】“非常戒厳”で国会に突入する韓国の軍隊
韓国警察のトップ2人も内乱の疑いで拘束され、大統領室や警察庁などの家宅捜索も進む中、野党は12日に2度目の弾劾訴追案を発議、14日には採決され、今回は与党からの造反もあり、可決濃厚と見られている。そんな中、韓国内では右派、左派、支持政党の違いなどで深刻な分断が進み「思想的内戦状態」とまで言われる状況だという。『ABEMA Prime』では韓国情勢に詳しく、最近『比較のなかの韓国政治』(有斐閣)という本を出した同志社大教授の浅羽祐樹氏に、非常戒厳をめぐる騒動と韓国社会の分断の現状を聞いた。
■尹大統領に対して10万人規模の反対デモ
尹大統領が憲法違反と指摘される方法で非常戒厳を宣布し、「内乱首魁」の容疑で捜査が進む中、韓国内では野党・左派だけでなく、与党・右派の間でも、尹大統領を権力の座から追いやる方向で事態が進んでいる。浅羽氏は韓国内で行われているデモの状況を伝えた。「有権者には当然、党派色があり、進歩、保守、左右あるわけだが、それを超えてもうここで踏みとどまらないと、我々が声を出してプレゼンスを示さないと、この「国のかたち」、憲政秩序そのものが破壊されてしまうという点で一致し、この勢いだ」と、10万人を超える規模にもなった集会について説明した。
「かつては「ろうそく集会」と呼ばれたものもあったが、現在ではアイドルのコンサートで応援に使うペンライトが用いられることも多く、寒いこともあって、飛び跳ねて一緒に歌っている。『遊び』『プレイ』にもなっていて、事態は極めて深刻だが、楽しみながらやっている」という若者の様子も伝えた。集まった人々は、それぞれ好きな旗を振る。これも誰かに持たされたものでもなく、簡単に自作でき、「ある種のミームが非常に面白い。歌われているのも、1980年代の民衆歌謡ではなく、少女時代のデビュー曲「また巡り逢えた世界」などK-POP」と紹介する。
ここだけ見れば、非常戒厳という異例の事態をきっかけに国民が様々な形で一致団結へと向かっているようにも見えるが、実際は大きな分断が生じているという。「今、韓国では分断が非常に深刻。分極化(polarization)と呼ばれる現象だ。自分がA党を支持していると、A党がやることなすこと全てに皆賛成。ただしB党が提案していることには全部反対。その政党や政治家のみならず、支持者に対しても、自分と違うだけではなく敵だとみなす。さらには、もう潰してしまえというところまで行く」という。
■韓国内で起きるあらゆる分断 出生率はわずか「0.72」に
深刻な分断は、既に様々なところで影響が出ている。国民の実生活でいえば「韓国国民の中で、党派色が違う人とは結婚しないとか、会食も一緒に行かないところまできている。党派色が違う相手とは、自分は結婚しないし、子どもの結婚も認めない、という人が過半数(そもそも成人の結婚・非婚、生き方は全て個人の選択)」。支持政党に関する会話をしなければ、党派色などわからないと思われるところだが「たとえばネクタイの色が赤系か青系かで、赤は「国民の力」の色、青は「共に民主党」の色と思われるので、誤解を避けるためにネクタイをしなかったり、全然違う色にする人もいるほどだ。あるいは、カラーコードまでピタッと合わせたりする」と、見た目だけで、党派色を感じ取られてしまうこともあるという。
分断の影響が大きく出ているのが、日本でも問題になっている出生率の低下だ。日本は1.20(2023年)だが、韓国では0.72とさらに深刻だ。党派色による分断だけでなく、男女間、年齢や世代、住んでいるエリア、学歴、年収、資産など、あらゆるところで分断が生じている。浅羽氏は「YouTubeで3つぐらい検索すると、アルゴリズムによって同系列のおすすめだけで埋まってしまう。それを「深掘り」して「ああ、そうだよね」と確信を強めていくが、そもそもの問いの立て方を間違えると、全然とんちんかんな答えに行き着く。今回の事態でもそうだ」と、メディアは「人の間」をつなぐ「媒介(media)」のはずなのに、ネットサービスのアルゴリズムが、さらなる分断を生んでいるとも指摘した。
分断、分極化は世界各国でも大きな課題だ。とりわけ大統領選が行われたアメリカでは、トランプ氏再選にあたり、大きな分断が起きた。「先進民主主義諸国でも、民主主義のサバイバルが根底から問われている。「新興民主主義の優等生」だったはずの韓国は分極化が国会だけでなく、国民の間でも進んだ。次の大統領に代わったとしても、分断、左右の対立は残る。これをいかに統合の方向に持っていけるか。党派色が違う人とメシを食わない状況が韓国という「国のかたち」なのか、このままでいいのか。将来世代にどのようなレガシーを残すのか。現在を生きる我々には、過去と未来の間で、どうするのかが問われている。韓国では「憲政史」が生きた言葉で、今まさに、現在進行形で経験している。
(『ABEMA Prime』より)
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