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韓国の尹錫悦大統領が12月3日夜に宣布した「非常戒厳」。一切の政治活動を禁じる戒厳令だ。内乱罪での捜査が進む中、尹大統領は12日、即時退陣を否定した。専門家は、尹大統領が戒厳令で逮捕を企てた“本命”を分析。日米韓の連携も含め、国際情勢への影響は不可避と指摘する。

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1) 主要政治家“9人の逮捕者リスト”から読み解く戒厳令の狙い 

尹錫悦大統領が宣布した戒厳令は、与野党の主要な政治家の逮捕も狙っていたとされている。尹錫悦大統領は、韓国の情報機関、国家情報院に対して「(軍の)防諜司令部を手伝って人員と資金を支援しろ。これを機に、全員を捉えてしまえ。すっかり整理してしまえ」と指示したと報じられている。

その上で示されたのが9人の逮捕者のリストだ。9人の内訳は、最大野党「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン)代表など、敵対する野党の主要な議員が多い。

その一方で逮捕者リストには、「身内」であるはずの、与党「国民の力」の韓東勲(ハン・ドンフン)代表も含まれていた。韓代表は、今年4月の総選挙前、金建希(キム・ゴンヒ)大統領夫人が知人から高級ブランド品を不正に受け取った疑惑が発覚した際、捜査の必要性を訴えていた。さらに、「金建希特別検察官法」という、政府から独立した特別検察官に金建希大統領夫人を捜査させる法案の採決が取りざたされ、韓東勲代表が賛成に回る可能性も指摘されていた。

伊藤弘太郎氏(法政大学特任准教授)は、尹錫悦大統領が追い詰められていた状況を分析する。

この1ヶ月大統領を苦しめてきたのが、夫人の特検法に拒否権を発動しなければいけないこと。他にも、特検法適用のための規則が改正され、より野党の意向に沿った特別検察官を任命できるようになった。一つ一つ大統領が追い詰められていった状況がある。逮捕者リストに挙げられている人物の逮捕は、冷静に考えると何もメリットがないことは明らかだが、感情的になっている状況下で、一度に現状を打開するためには、この方法しかないと、限られた周囲の側近も進言したのだろう。

牧野愛博氏(朝日新聞元ソウル支局長)は、「韓東勲氏が(金建希大統領夫人をめぐる)特別検察官法に賛成するかもしれないから、封じてしまえとした可能性は十分ある」としつつ、9人の逮捕者リストの“本命”を以下のように分析した。

ソウルの友人に聞いたところでは、この逮捕リストの“本命”は最高裁長官だった金命洙(キム・ミョンス)氏と、さらにもう一人、権純一(クォン・スンイル)氏というかつての最高裁判事だと。2020年、李在明氏が京畿道知事から大統領選に出馬した際、公職選挙法違反で一審・二審と有罪になっていて、最高裁判決に至ったが、権純一判事が差し戻しをした。その時の最高裁長官で、差し止めを認めたのが金命洙氏だ。この2人を拘束し取り調べて、「あの時の判決は間違っていた」と言わせようとしたという話もある。最終的な目標は、李在明氏を政治的に追い落とすことだったのではないか。 
6日、与党代表の韓東勲氏は尹大統領と面会している。そこで、逮捕リストに韓氏の名前があるが、自分の目標はそこにあるわけではないと、色々説明を受けたと思う。 韓国の警察と検察はそれぞれ全容解明に向け、内乱罪などの疑いで捜査に着手している。尹大統領は12日、「弾劾しようが捜査しようが、私はこれに堂々と立ち向かう」と主張して即時の退陣を否定。最大野党「共に民主党」は12月14日に再び、弾劾訴追案の採決に持ち込む構えだ。

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2)同じ高校の出身者と謀議して戒厳令か…尹錫悦大統領と側近たち

2)同じ高校の出身者と謀議して戒厳令か…尹錫悦大統領と側近たち

今回の戒厳令では、尹錫悦大統領の周りを固める側近グループの存在が明らかになった。緊急逮捕された金龍顕(キム・ヨンヒョン) 前国防部長官、戒厳令の計画に関与した可能性が指摘されている李祥敏(イ・サンミン)行政安全部長官。主要政治家の逮捕を担っていたとされる呂寅兄(ヨ・インヒョン)国軍防諜司令部。戒厳令で重要な役割を果たした人物はいずれも、尹錫悦大統領と同じく、ソウル中心部の忠岩(チュンアム)高校出身だ。高校の先輩である金龍顕前国防部長官が陸軍士官学校出身者との橋渡しになる形で、戒厳令は実行された。

伊藤弘太郎氏(法政大学特任准教授)は、内政と外交での、尹大統領の人材登用の違いを指摘した。

外交・安全保障については、ベスト・オブ・ブライテストと呼ばれるほど極めてバランス感覚のとれた人たちで固めて、チーム内の意思疎通もしっかり図られている。尹錫悦大統領も彼らの言うことをしっかり聞き、外交・安全保障で成果を出したと言われている。一方で内政は、高校時代の同窓生や検察時代の後輩を入れるなど、自分の身内で固める傾向が強く、夫人の問題も含め、政権発足当初から批判されてきた。内政と外交での人材活用に非常に差がある。

牧野愛博氏(朝日新聞元ソウル支局長)は、尹錫悦大統領の人材登用は政治経験の欠如に起因すると分析。

自分は政治家になって国政を運営するんだという考えがない。哲学もないし、目標もないので、登用したい人材というのもない。とりあえず自分の身内の、学生時代の同窓生とか、あるいは検察時代の後輩を使うとか、そのような登用に限られてくる。戒厳令で謀議に加わっていたのは、多くて5人以内だと聞いている。金龍顕前国防部長官、李祥敏行政安全部長官、呂寅兄国防諜司令官、尹錫悦大統領の4人で回したのだろう。
金龍顕氏は野戦司令官の経験が長く、猪突猛進型の将軍。17師団の師団長だった際に彼の訓示を聞いたことのある人に話を聞いたが、非常に攻撃的で、北朝鮮に対する考え方も冷戦中の考えを引きずっている人だと。しかも文在寅政権の時に中将で退役させられている。政治的に報復されたと思っていて、恨みがある。そういうときに高校の後輩で、軍にパイプのない尹大統領が助けてくださいと言ってきた。

尹大統領は、去年8月15日の式典以降、「反国家勢力」という言葉を繰り返し使った。牧野氏は「反国家勢力と決めつけての逮捕が相次ぐのでは」と警戒してきたという。

尹大統領は、どうにかして李在明氏を排除したいと思い、その方法を考えた時に、自分の先輩の金龍顕氏がこういうやり方がありますと。しかし、政治経験がないために、戒厳令の持つ意味や影響を理解していなかったのではないか。さらに、追い詰められた状態で、自分の好きな媒体や、自分の知っている側近の話しか聞かなくなり、周りが見えなくなって、いわゆるエコーチェンバー現象に陥っていたのだろう。

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3)次期大統領は対日強硬派?日本と世界への影響は不可避か

3)次期大統領は対日強硬派?日本と世界への影響は不可避か

世論調査では最大野党「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン)代表が次期大統領の最有力候補となっている。しかし、李在明氏は日本に対して厳しい言動でも知られている。

今後の日韓関係の見通しについて、杉田弘毅氏(元共同通信論説委員長)は、以下のように指摘した。

大変難しくなると思う。李在明氏が国内における政治的な得点を優先するならば、日本を叩くということが大いにありうる。今後どうなるか緊張して見ておく必要がある。尹錫悦大統領はこれまでの韓国大統領と違って、日本に対して非常に積極的に関係改善の姿勢を示し、日本を高く評価してきた。ただ、尹錫悦大統領が当選した2022年の大統領選挙でも、実は李在明氏との票差はわずか0.74%だった。尹錫悦大統領は政権発足当初から国内基盤が弱い大統領としてスタートしたことがわかる。対日関係を改善するために色々頑張ってきたと思うが、韓国における民主主義あるいは対外的な地域の安全保障について、様々な認識を持っているようだ。日本は、韓国の政権が変わるたびに一喜一憂するのではなく、少し距離を置いて考えていく必要があるのでは。北朝鮮は今回、動いてはいないが、韓国が混乱すると、北朝鮮とロシアとの関係がどのように展開していくか懸念がある。もっぱら韓国からの情報で日米やヨーロッパも、北朝鮮とロシアの軍事的関係の進展を把握して対応しているので、韓国の混乱によって、そこが途絶えてしまうのは心配だ。

伊藤弘太郎氏(法政大学特任准教授)も、韓国の政情不安による影響は既にグローバルに波及していると指摘した。

戒厳令が出る1週間前に、ウクライナの国防代表団が韓国を訪問した。武器の支援リストをまた提示したようだ。日韓関係、日米韓など、韓国に近いエリアでの安全保障に関して韓国は重要な役割を果たしてきたが、今やグローバルに韓国は安全保障の責任を果たしており、影響が既に出てきている。

<出演者>

伊藤弘太郎(法政大学特任准教授。専門は東アジアの国際関係。政治学で博士号。韓国の内政・外交安全保障政策の情勢に精通。著書に『韓国の国防政策:「強軍化」を支える防衛産業と国防外交(勁草書房)』)

牧野愛博(朝日新聞元ソウル支局長。政治部・国際報道部次長など要職を歴任。著書に「ルポ『断絶』の日韓 なぜここまで分かり合えないのか(朝日新書)」など

杉田弘毅(ジャーナリスト。21年度「日本記者クラブ賞」。明治大学特任教授。共同通信でワシントン支局長、論説委員長などを歴任 著書に「国際報道を問いなおす──ウクライナ戦争とメディアの使命(ちくま新書)」など

(「BS朝日 日曜スクープ」2024年12月8日放送分より)

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