中国の習近平総書記(国家主席)は、2022年10月の中国共産党第20回党大会における政治報告書で、「台湾統一について武力行使を決して放棄しない。あらゆる選択肢を持ち続ける」と宣言した。李強首相は今年3月5日の全国人民代表大会(全人代=国会)の政治活動報告で、「平和統一」の文言を消し、「統一」の2文字だけ言及した。
米国政府の資料によれば、「中国の武力侵攻のトリガー(きっかけ)」は、以下のように想定されている。
①台湾が独立を宣言したとき。
②台湾が国連に加盟申請を行うなど独立に向かう動き。
③台湾内部の混乱。
④台湾の核武装の動き。
⑤台湾が平和維持軍の駐留を要請したとき。
この中で最も可能性があるのが、②の「独立に向かう動き」である。現実に動きがなくても、中国が恣意(しい)的に判断する可能性がある。
ロシアのウクライナへの侵攻名目は「抑圧されて民族虐殺に遭っている人々を守り、非軍事化・非ナチス化すること」であった。この名目は一方的なものである。ウクライナのNATO(北大西洋条約機構)加盟の動きが、ロシアの許容限界を超えたのである。ごく小さな事象でも、戦争を起こそうと考える国には「開戦の口実」となる。
それでは中国指導部は、いかなる条件下で台湾侵攻を決断するのだろうか。
反国家分裂法では「平和統一の可能性が完全に失われたとき、国は非平和的方式その他必要な措置を講じて、国家の主権と領土保全を守ることができる」と明文化されている。つまり、「平和統一の可能性が完全に失われた」と中国指導部が判断したときに決断することになる。
また、台湾の行動以外にも、決断の引き金となることがある。それは、中国の内政面からの事情である。
中国共産党は香港を事実上併合し、残るは台湾のみとなった。国内経済の低迷・格差の拡大・失業者の増加・環境の悪化などにより、国民の不満が臨界点に達し、その矛先が共産党政権に向かうときには、台湾への武力行使を決断する可能性がある。
習氏の「個人的な考え」も考慮する必要がある。
文化大革命において父親が失脚し、彼は15歳で下放されて農村で苦汁をなめた。その後、父の復権もあり習氏は文化大革命を生き抜き、出世していくことになる。彼が目指しているのは、台湾に侵攻して中国統一を成し遂げ、毛沢東を超える偉大な指導者として歴史に名を残すこと―ではないのだろうか。
その時、日本の指導者には「いかなる犠牲を払っても、国民の生命と財産を守り抜く」という重い決断が迫られることになるだろう。
山下裕貴
やました・ひろたか 1956年、宮崎県生まれ。79年、陸上自衛隊入隊。自衛隊沖縄地方協力本部長、東部方面総監部幕僚長、第三師団長、陸上幕僚副長、中部方面総監などの要職を歴任。特殊作戦群の創設にも関わる。2015年、陸将で退官。現在、千葉科学大学客員教授。新聞やテレビ、インターネット番組などで安全保障について解説している。著書に『完全シミュレーション 台湾侵攻戦争』(写真、講談社+α新書)、『オペレーション雷撃』(文藝春秋)。
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