米ノースカロライナ州で開かれた選挙集会に参加したトランプ前大統領。打ち出した関税政策が波紋を広げている=2024年10月22日、AP

 11月5日に投票日が迫る米大統領選で、共和党候補のトランプ前大統領が海外からの輸入品に対する関税を大幅に引き上げると主張している。民主党候補のハリス副大統領は、国内の物価上昇(インフレ)につながる「事実上の増税だ」と批判するが、トランプ政権が誕生した場合、何が起こるのだろうか。

 「私にとって辞書の中で最も美しい言葉は、タリフ(関税)だ」。トランプ氏は15日、中西部イリノイ州シカゴで開かれたイベントで、自信たっぷりにこう語った。

 トランプ氏は中国からの輸入品に一律60%、日本や欧州など友好国を含むその他すべての国からの輸入品に10~20%の関税をかけると表明。メキシコから輸入される自動車には、200%以上の関税をかけるとも発言している。

 狙いは、競争力を失った米製造業を守る姿勢を有権者にアピールすることだ。米国には中国など新興国から安価な日用品が、日本やドイツからは自動車など工業製品が輸入される。関税引き上げでこうした海外製品の米国への流入を阻止し「関税を課されるのが嫌なら、海外メーカーは米国内に製造拠点を移転せよ」と訴えているのだ。

 トランプ氏は、勝利した2016年大統領選で保護主義を前面に押し出した「米国第一」を掲げ、米中西部ミシガン州など「ラストベルト(さびついた工業地帯)」の労働者たちから強い支持を得た。

 大統領就任後は中国に対し最大25%の制裁関税を発動。中国も報復関税で応じるなど対立が激化し、最終的に中国からの輸入品の約9割にあたる約3700億ドル相当に対象を拡大した。

 こうした強硬策はトランプ氏の「成功体験」となっているようだ。今回も米製造業の将来に不安を感じる労働者から支持されると見て、選挙集会で勇ましい主張を繰り返している。

 経済学者ら米有識者の中では、トランプ氏の唱える関税引き上げは米国のインフレを再燃させる「悪手」と見る声が強い。関税を引き上げれば、米国内の輸入業者はその分を販売価格に転嫁する可能性が高い。一方で輸入をやめれば、販売業者は米国内で作られるより高い製品を仕入れることになるためだ。

 米国に対し相手国も報復関税を余儀なくされ、世界全体で貿易取引が減少する恐れがある。国際通貨基金(IMF)は22日に発表した経済見通しで、トランプ氏による大幅な関税引き上げなどが実行された場合、世界経済の成長率が、25年に0・8ポイント下押しされるとの試算を示した。

 ニューヨーク連銀のウィリアム・ダドリー前総裁は21日、ブルームバーグ通信に「トランプ関税が有権者にアピール。だまされてはならない」とのタイトルで寄稿し、関税引き上げの問題点を列挙し有権者に注意を促した。

 ただ、トランプ氏に批判を意に介すそぶりはない。背景には関税引き上げ策が有権者から一定の支持を得ていることがある。ロイター通信などが9月中旬に実施した世論調査では56%がトランプ氏の関税引き上げを支持した。自動車業界で働くミシガン州の労働者は「関税引き上げは必要。米製造業に本当に危機感を持っているのは、ハリス氏ではなくトランプ氏だ」と語る。

 こうした声があがる要因には、ハリス氏陣営の主張の分かりにくさがある。

 ハリス氏はトランプ氏の関税引き上げ策が実施されれば、家計負担が年間4000ドル(約60万円)増えると主張する。しかし、バイデン政権はトランプ前政権の対中制裁関税を引き継いだうえ、9月には中国から輸入される電気自動車(EV)への100%関税を発動している。政権を支えるハリス氏は日用品などには影響しない「的を絞った戦略的な関税引き上げだ」と強調するものの、有権者からすればトランプ氏との違いが見えにくい。

 トランプ氏はメディアなどから関税引き上げのデメリットを問われても、「それはない」と話題をそらすばかり。トランプ支持者に関税引き上げの負の側面が伝わらないまま、大統領選の投票日だけが刻々と近づいている状況だ。

 トランプ氏が政権に返り咲いた場合、影響は世界に広がることになる。超党派の米調査機関「タックス・ファンデーション」は関税引き上げが実施されれば全輸入品に対する平均関税率は25年に17・7%となり、対中制裁関税を課したトランプ前政権時代の2・8%から跳ね上がると分析している。

 これは1930年代の大恐慌以来の水準となる。当時は高関税の応酬が主要国の対立を招き、第二次世界大戦につながった。タックス・ファンデーションは「関税政策を利用するのは間違い。忘れてはならない歴史の教訓だ」と指摘している。【ワシントン大久保渉】

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