ノーベル賞の季節です。この時期はおとなり韓国にとって、ちょっと憂鬱な季節です。韓国人初の自然科学ノーベル賞が期待された「ES細胞」が、その後、真っ赤なウソであることが分かった。そんな事件も一因かも知れません。(アーカイブマネジメント部 疋田 智)

世界初の「画期的研究成果」!

2004年、ソウル大学の黄禹錫(ファン・ウソク)教授(当時)と彼のチームは、ヒトのクローン胚性幹細胞(ES細胞)を作製・培養したと主張する論文を、科学誌「サイエンス(Science)」に発表しました。

黄教授の論文が載ったサイエンス(電子版)と黄教授(当時)

この論文は(もし本当なら)文字通り画期的なもので、世界中から、クローン技術や再生医療の進展に向けた大きな前進とみなされました。
この知らせに韓国内は大歓喜。「今後、再生医学の世界的中心が韓国になる!」「自然科学部門のノーベル賞が韓国にもたらされる!」と、国をあげての黄教授への支援が始まりました。

熱狂する韓国社会

当時の韓国社会は、まさに「熱狂した」といっても過言ではありません。
黄教授には「誇らしい韓国人大賞」が授与され、彼の名前を冠した研究センターが設立され、大韓航空のファーストクラスに10年間乗り放題の権利が与えられ、5メートルを超す巨大な「黄禹錫石像」が建立され、数々の出版社から彼の伝記やマンガが発売されました。

黄教授は数々の名誉と賞賛を手にしました。

記念切手も発売され、2006年度から使用される予定だった小・中・高校用の教科書にも彼の業績が大々的に掲載されるなど「国民の英雄・黄禹錫」は絶頂を極めました。
ところが…。

何かがおかしい?

2005年後半あたりから空気が変わります。彼の研究に対する「疑念」がメディアや研究者の間で広がり始めたのです。
主な疑惑は、黄教授のチームが発表したES細胞のデータが捏造されているのではないかというものでした。韓国のメディアや他の科学者から、ES細胞の画像や実験結果に不自然な点があることが指摘され、研究の信憑性に対する調査がスタートしたのです。

当初、疑惑を報じたMBCテレビ『PD手帳』は黄教授の熱烈なファンから糾弾されました。

当初は疑惑を報じたメディアが糾弾されたりもしましたが、ソウル大学も内部調査を行い、2006年1月に、結果が発表されました。
その内容はこうでした。
「黄教授は実際はES細胞の作製に成功していない」、そして「2004年および2005年の論文に掲載されたデータは捏造されたものである」。
研究成果は、ほぼすべてウソだったのです。

ソウル大学の会見がいわば「とどめ」となり、韓国内は上を下への大騒ぎとなりました。

倫理問題までが浮上

この問題は、研究に関与した女子学生らが自らの卵子を提供していた事実が判明したことでさらに複雑化します。研究自体の不正に倫理的な問題までが加わった格好です。研究過程全体が不正だけでなく不適切だったのです。
数々の証拠により「サイエンス」誌で発表された論文のES細胞は、ほぼ完全な捏造であることが確定し、同誌に発表されたES細胞に関する2つの論文は、2006年1月にすべて撤回されました。

黄教授の研究室には検察の家宅捜索が入りました。

黄教授はソウル大学を解雇され、国内外での彼の名声は失墜しました。また韓国の検察は黄教授を研究費流用や生命倫理法違反などの罪で起訴し、懲役1年6か月、執行猶予2年の刑が確定しました。

研究倫理の重要性が浮上

この事件は、科学研究における倫理の重要性や、検証の必要性を改めて浮き彫りにしたといえます。
ただ「ES細胞の研究」自体が悪かったわけではありません。
また再生医療に向けての研究はこれ以後も進みました。その最も重要な成果のひとつが、山中伸弥教授によるiPS細胞研究であるというのは、誰もがご存じの通りです(2012年ノーベル生理学・医学賞受賞)。
しかし、その一方で、日本でも「STAP細胞」の不正問題などもあり、研究には今後も高い倫理観が必要なのは言うまでもありません。

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