米共和党のトランプ前大統領の集会会場に集まった支持者ら=米東部ペンシルベニア州バトラーで2024年10月5日、松井聡撮影

 7月に銃撃されて負傷した因縁の場所、米東部ペンシルベニア州バトラーで5日、大規模な選挙集会を開いた共和党のドナルド・トランプ前大統領(78)の陣営は、「バトラーに戻ってきた」と繰り返し強調した。その狙いは集会のいくつかの場面に色濃く出ていた。

 会場の数カ所に置かれた大型スクリーンの映像がその一つだ。トランプ氏が銃撃された際、血を流しながら拳を突き上げる映像が繰り返し流されると、そのたびにあちこちで「ファイト(戦え)! ファイト! ファイト!」など支持者のかけ声が上がった。

 「バトラーという『聖地』にトランプ氏が帰ってきた。このバトラーからホワイトハウスにつながる輝かしい道が見える」。集会に参加したダン・レイバーンさん(41)は興奮した様子で語った。

 バトラー出身のレイバーンさんは7月13日の暗殺未遂事件が起きた時も会場にいた。乾いた銃声が鳴り響き、自身もとっさに頭を下げた。ふと演台に目をやると、そこには警護員に抱きかかえられながらも、拳を振り上げるトランプ氏の姿が目に入った。「神がトランプ氏を守ってくれた」。その「勇敢な姿」は「生涯忘れないだろう」という。

 トランプ氏も、こうした支持者を意識し、演説の冒頭で「さっきも言ったように」とジョークを飛ばした。銃撃で中断された演説の続きを話していると言わんばかりで、会場からは「ウォー」という歓声が上がった。

 浮かび上がるのは、7月の事件を鮮明に思い起こさせようという陣営側の狙いだ。

 トランプ氏は銃撃事件と、その直後に開かれた共和党全国大会を追い風に、一気に大統領選の勝利をたぐり寄せるかに思われた。「銃撃に屈しない強い指導者」像に加え、銃撃を受けながらも致命傷を免れた「神から祝福された候補」と神聖視する動きもあった。

 ところが、支持率で差をつけていた民主党のバイデン大統領が撤退を表明。ハリス副大統領が後継の候補となり、メディアの注目も一気に民主党に移った。その結果、トランプ氏とハリス氏は支持率で拮抗(きっこう)する状況が続いている。民主党の候補者交代で勢いがそがれたトランプ氏陣営が、投開票1カ月前の最終盤でもう一度勢いをつけるために設定したのが「7月に戻ろう」という今回の大規模集会だ。

 トランプ氏に先立って演台に立った副大統領候補のバンス連邦上院議員は明快だった。バンス氏は「あの日、神がトランプ大統領の命を救ったと私は心から信じている。 そして、神は今私たちとともにいて、この素晴らしい国を毎日見守ってくれていると信じている」と演説した。トランプ氏を神が選んだ指導者だと信じるキリスト教福音派の支持者に、改めて事件を思い出させ、支持を訴えようという狙いがにじんだ。

 バトラーに住むジェイソン・ターウィリガーさん(53)も「神がトランプ氏を救ってくれた」と考える一人だ。トランプ氏が銃撃された場面は、演台のすぐ近くで目撃した。「あと少しずれていれば亡くなってもおかしくなかった。トランプ氏が助かったのは神の力としか言いようがない」

 バトラーの地元紙「バトラー・イーグル」で約40年働くアリス・ランさん(58)は「バトラーはトランプ支持者の間では特別な土地になったと思う。事件後にトランプ氏を支持する掲示物を見ることが多くなった」と語る。

 こうした状況に複雑な気持ちを抱く住民もいる。バトラー郡では、2020年の大統領選で、約65%がトランプ氏に投票し、バイデン氏は約33%だった。共和党が優勢の地域だが、民主党の支持者も3割程度はいるとされる。

 集会会場のすぐそばに住むジェフリー・スミスさん(60)は長年民主党を支持してきた。暗殺未遂事件については「政治的な信条に関係なく、暴力で言論を抑え込もうとすることは許せない。絶対に起きてはいけなかった」と振り返る。

 一方で、トランプ氏の支持者が「神に救われた」や「バトラーは『聖地』」などと主張していることについては、冷ややかな目で見ている。「トランプ氏が助かったのは神の意志ではなく、偶然銃弾が外れたからだ。トランプ氏が神に救われたという『神話』や、勇敢だというイメージで選挙の結果が左右されるとすれば残念だ」【バトラー松井聡、西田進一郎】

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