世宗研究所朝鮮半島戦略センター長の鄭成長博士=ソウル市の世宗研究所で2024年8月28日午後2時34分、福岡静哉撮影

 韓国で近年、核保有支持の意見が専門家の間でも増えている。その火付け役となり、8月には日本で著書を出版した鄭成長(チョンソンジャン)博士に、背景などを聞いた。

 鄭博士は北朝鮮の政治や核開発などの研究で知られ、政府の諮問委員も務めた。現在は著名シンクタンク「世宗(セジョン)研究所」の朝鮮半島戦略センター長だ。核保有を主張し始めたのは、2016年に北朝鮮が「水爆実験の成功」を発表したころ。「国家存亡の危機だ」と感じ、核保有が必要だと考えるようになった。鄭博士は当時をこう振り返った。「当時は韓国でも核保有論者は『変わった人』の扱いでした」

 5大国(米英仏露中)だけに核保有を認める核拡散防止条約(NPT)体制下、韓国が仮に核保有に踏み切れば経済制裁などを受ける恐れがある。バイデン米政権も韓国の核保有に否定的で、安全保障の根幹である米韓同盟が揺らぎかねない。専門家で核保有を主張する人は極めて少数派だったという。

 だが北朝鮮が米本土まで届くとされる大陸間弾道ミサイルを開発したことで鄭博士の信念は強まった。「北朝鮮が韓国を核攻撃する場合、米国が北朝鮮から核攻撃を受ける危険を冒してまで韓国のために核兵器を使わない」と考えるからだ。また「最大の業績が核開発である金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党総書記は絶対に非核化に応じない。韓国が核保有してこそ相互に抑止力が働き、南北の対話が進む」と主張する。

鄭成長博士の著書を日本語訳して8月に出版された「日韓同時核武装の衝撃」(ビジネス社)=ソウル市の世宗研究所で2024年8月28日午後2時9分、福岡静哉撮影

 北朝鮮の核開発の加速で韓国国民の不安が高まる中で、鄭博士を見る周囲の目が変わった契機は、ロシアによるウクライナ侵攻だ。「ウクライナはソ連時代に核を保有していたが、ソ連崩壊後に核を放棄した。『もし核放棄していなければ侵攻されなかったのではないか』との主張が広がったのです」

 今、韓国では多くの世論調査で核保有支持が6割を超える。専門家を対象にした調査でも支持が3割を超える例が出始めている。鄭博士は「トランプ前米大統領は韓国の核保有の容認を示唆する発言をし、在韓米軍の役割縮小なども主張している。トランプ氏が11月の大統領選で当選すれば、韓国で核保有論議が更に活発化するでしょう」とみる。

 韓国の核保有は、現実的には困難だろう。それでも議論がやまない現状は、韓国が今、いかに厳しい環境に置かれているかを如実に示している。

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