あるメディアでは“ロシアのザッカーバーグ”と称され、あるメディアでは“ロシアのイーロン・マスク”と形容される人物がフランス・パリ郊外で電撃的に逮捕された。10億人を超えるユーザーを持つメッセージアプリ『テレグラム』の創設者パベル・ドゥロフCEOだ。
ところが逮捕から日も浅い今月、女性を連れ立って歩くCEOの姿が雑誌に載った。キャプションは“シャンゼリゼ通りでテレグラム社のボスを見つけた!”
一体この逮捕劇にはどんな事情と思惑があるのか…。

「中立的なプラットフォームがユーザーのプライバシーと言論の自由を守る」

パベル・ドゥロフCEOの逮捕理由はフランス当局によると、児童ポルノ流布など組織的な違法取引を可能にするプラットフォーム運営の疑いなど12の容疑で捜査対象になっていたとのこと。
資産推定約1兆3000億円といわれるパベル・ドゥロフCEO(39)については謎も多い。トランプ氏寄りのアメリカのキャスター、タッカー・カールソン氏のインタビューに応じた際に本人が語った話によると…。

1984年、旧ソ連生まれ。兄も数学オリンピックで何度も金メダルを取る天才で、兄弟そろってコンピューターのプログラミングや設計に才能を発揮した。ドゥロフ氏は大学卒業間もない21歳の時SNS「VK」を起業。すぐにロシア版フェイスブックとしてヒットし、“ロシアのマーク・ザッカーバーグ”と賞賛される。しかし2013年、政府にユーザーの個人情報引き渡しを要求され、これを拒んだことからロシア政府と上手くいかなくなったという。

この年、ドゥロフ氏は兄ニコライと共に『テレグラム』を設立。ロシア政府と対峙した経験から強力な暗号化の仕組みとプライバシー重視の方針を確立。これによって“最も安全なメッセージアプリ”として瞬く間にユーザーを引き付けた。そしてそれは軍の機密通信にも犯罪組織にも重宝されることとなる。

ウクライナ戦争では、ロシア、ウクライナ共に戦況を発信するツールとして利用されている。墜落事故で死亡した『ワグネル』のプリゴジン氏も生前よくテレグラムで声明を発信していた。日本では東京・狛江市のなどの強盗事件で指示役“ルフィ”とのやりとりにテレグラムが使われていたことでも有名になった。
ドゥロフCEOは今年4月のインタビューでこう語っている。

『テレグラム』 パベル・ドゥロフCEO
「私たちのような中立的なプラットフォームがユーザーのプライバシーと言論の自由を守ることができると確信している」
ちなみに『X』のイーロン・マスク氏は今回のパベル・ドゥロフ逮捕は「言論の自由の侵害だ」と非難している。

「逮捕劇の裏にCIAやMI6がいると考える」

パベル・ドゥロフCEOは政府と対立した後ロシアを離れ、テレグラム設立はUAEのドバイだ。今回はアゼルバイジャン訪問中にプライベートジェットでパリに食事に行った。8月24日、空港に降り立ったところを逮捕された。28日には約8億円の保釈金で保釈されたが、出国禁止。週2回警察に出頭して取り調べが続くという。
パベル・ドゥロフCEOとロシア政府の関係は良くないとされているが、今回の逮捕劇を受けロシア・ラブロフ外相は「ロシアとフランスの関係が最悪になった」と述べている。
フランス・マクロン大統領は今回の逮捕に「政治的な決定はない」としているが、インテリジェンスに詳しいイギリスのシンクタンク『RUSI』の秋元千明氏は「西側情報機関の影を感じる」という…。

英国王立防衛安全保障研究所(RUSI)秋元千明 日本特別代表
「フランスは今年の3月(パベル・ドゥロフCEOを)指名手配してるわけですよ。それをわかっていながらあえてフランスに行った。アゼルバイジャンから3800キロ離れたパリに指名手配されてるのをわかっていて食事に行くか?ではなぜ行ったのか、非常に不可解。実はCEOはテレグラムのソースキー(いわばマスターキー)を持っている。テレグラムは普通のSHSと違ってプライベートチャットとかダイレクトメッセージという非常に秘匿性が高い暗号化された機能がある。これは使う人同士しか開けない(だから犯罪に使い勝手がいい)例えればホテルのキー、使う人しか入れない。ですがホテルの管理者は入れる。マスターキー持ってますから…。つまり(秘匿性の高いテレグラムも)CEOはいざという時中に入れる。そのキーを西側に渡すんじゃないかとロシアは警戒している」

実はロシアはウクライナ戦争が始まった時、旧来型の通信システムを使ってた。つまりアナログな通信機で軍事機密をやり取りしていた。これが相手に筒抜けだった。かといって新しくて使い勝手の良い通信システムを軍は持っていない。そこで秘匿性の高いテレグラムのプライベートチャットとかダイレクトメッセージで軍事作戦やドローンで撮影した機密情報などをやり取りして来たというのだ。

英国王立防衛安全保障研究所(RUSI)秋元千明 日本特別代表
「つまりテレグラムはロシア軍にとって最も重要な通信手段で、代わりになるものはないんです。だがらロシア側は騒いでるんです。そしてそれは西側にとっては非常に興味深い情報なんですね。(中略)西側からソースキーを渡せという司法取り引きがあったかどうかは分かりませんよ。でもロシアは疑心暗鬼になりますよ。もっと言えばこの逮捕劇の裏にはアメリカのCIAやイギリスのMI6がいるとロシアは考える。つい最近確認は取れてませんがロシア当局が各政府の部門に対してテレグラムの通信履歴を削除するように伝えたと…」

「ロシアというのはおおよその情報は漏れているっていう前提」

中立を守るとしてロシア政府を敵に回しても情報を渡さなかったパベル・ドゥロフCEOが中立を破って西側につくことは想像しにくい。しかし今回の逮捕容疑がそのまま実刑となると懲役20年ほどといわれるので、20年が帳消しになるならソースキーの一つや二つ…、とも考えられる。ただ中立性や秘匿性を失った時点でユーザーは一気に減るだろう。
それにしても民間の通信アプリしか頼る手段がないロシア軍、大丈夫なのだろうか…。

防衛研究所 長谷川雄之 主任研究官
「従来からロシアというのはおおよその情報は漏れているっていう前提で行動していると…。部隊などで連絡にテレグラムを使うにしても漏れてるっていう前提があるんじゃないかと…。かといってロシアとしては代替手段がない。追い詰められたっていうのは間違いないです、何もできない」

その追い詰められたロシアが、冒頭に紹介したシャンゼリゼを歩くパベル・ドゥロフCEOの姿が掲載された雑誌を見たら…。秋元氏は事情通ならではの心配をしていた。

英国王立防衛安全保障研究所(RUSI)秋元千明 日本特別代表
「先ほどの雑誌の写真ありましたが、ロシア情報機関は当然こういう場合、身柄を拘束するか殺害する、それが彼らの常套手段ですよ。ご存じのようにロシアはヨーロッパではイギリスなんかでもそういうことをやってきてますから…。ああやって街中を普通に歩いてていいのかなぁって思います」

(BS-TBS『報道1930』9月3日放送より)

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