ミャンマーの玄関口、ヤンゴン国際空港はごった返していた。真新しいパスポートを手に、慣れない様子でスーツケースを引く若者らと、その後ろ姿を見送る家族。降って湧いた“出国ラッシュ”の引き金になったのは、3年前にクーデターで全権を握った国軍の唐突な発表だった。
「家族3人で何とか暮らせていたから、こんな未来は想像もしていなかった。パスポートが取れ次第、この国を出て行くよ」
3月下旬、最大都市ヤンゴン近郊で建設業を営むソーアウンさん(仮名、34歳)は硬い表情でこう言い切った。二度と戻れないことも覚悟して、シンガポールへの渡航を目指す。妻と6歳の長男は残していくつもりで、「人生をゼロからやり直すことになる。生活できるめどがつかないうちは一緒には暮らせない」とうつむいた。
抵抗勢力との戦闘で苦戦を強いられた国軍はこの1カ月半前、突如として、徴兵制の実施を表明していた。国民同士で銃を向け合え、というのか――。いつかクーデター前の日常に戻れるという、かすかな望みも打ち砕かれた。
対象は35歳まで。ソーアウンさんはあと少しで対象から外れるが、大学の工学部を卒業している。年齢の上限が45歳に引き上げられる「専門職」とみなされるかもしれない。一刻も早くパスポートを入手するため、闇ブローカーを頼った。
2月の発表直後に正規の手続きで申請しようとしたが、ヤンゴンでは希望者が急増しており、最低でも6カ月はかかると言われた。そこで、ネットで検索すれば簡単に見つかるようになったというブローカーに依頼することにした。
貯金を取り崩して160万チャット(約6万4000円)を支払い、4月中にパスポートを入手できる算段をつけた。支払いの一部は役人への賄賂になり、申請の順番を繰り上げてもらえるのだという。ブローカーを名乗る詐欺も横行しているといい、「信用できるブローカーを見つけるのが大事だ」と声を落とした。
並行してスマートフォンの求人アプリを使い、これまでの経験を生かせる建設現場での働き口を探す。オンラインで面接を受けて、シンガポールへの渡航前に就職先が決まれば、就労ビザや渡航費などの面倒もみてもらえるという。ただパスポートが手に入ったら、違法滞在になるリスクを冒してでも出国を優先するつもりだ。
4月下旬とされた徴兵は、すでに一部で始まっている。内戦に加担するのはまっぴら。でも、どうすればいいのか。2021年のクーデター以降、息を潜めるように暮らしてきた多くの若者はいま、厳しい選択を迫られている。【ヤンゴンで武内彩】
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