ウクライナ軍がロシア西部クルスク州への越境攻撃を電撃的に開始して13日で1週間となる。作戦の意図は明確にされていないが、ロシアとの停戦交渉を求める声が内外で強まりつつあることを背景に、相手側から有利な条件を引き出す狙いとの見方が強い。
6日朝、ウクライナ軍は北部国境を越えて露領内に突入し、進軍を続けた。英紙フィナンシャル・タイムズなどによると、11日現在で、国境から30キロの地域まで進んだ。ウクライナ軍側は、国境近くの都市スジャの制圧を宣言する動画を投稿。露軍の数百人を捕虜にしたとの情報もある。
ウクライナ政府は当初沈黙していたが、10日にゼレンスキー大統領が「戦線を侵略者の領土へ押し込んでいる」と認めた。11日にはクルスク州が露軍の攻撃拠点である点も指摘した。
ロシア側ではクルスク州の国境地帯から7万人以上が避難する事態となった。奇襲を阻止できず、一部地域の占領まで許した露軍とプーチン政権は、顔に大きく泥を塗られた。ウクライナ東・南部が中心の地上戦の戦況が変化するかは未知数だが、最近は防戦一方だったウクライナ側の士気を高めそうだ。
これまでも、ウクライナ側のロシア人義勇兵部隊などによる越境攻撃はあった。だが、今回は規模が異なる本格的な作戦で、ロシアの侵攻開始以来、初の展開だ。米紙ワシントン・ポストの報道では、数千人の兵士が投入され、米国やドイツが供与した戦車などを備える突撃旅団が参加した可能性も指摘される。
核大国ロシアを過度に刺激するのは避けたい欧米諸国も、供与兵器の使用を含めておおむね容認する構えだ。欧州連合(EU)欧州委員会の報道官は「正当な自衛権の枠内であれば、敵の領土でも攻撃できる」と述べている。
現状ではウクライナに有利に進んでいるように見える越境攻撃だが、目的ははっきりしていない。ウクライナ東部から露軍を分散させる戦略や、プーチン政権の求心力低下といった狙いが指摘される。そうした中で、今後の停戦交渉へ向けて有利な状況を作り出すのが最大の目的という見方が浮上している。
2年半近く徹底抗戦を続けてきたウクライナでも、国民意識に変化が生まれつつあるからだ。キーウ(キエフ)国際社会学研究所が今年5~6月に実施した世論調査では「和平を実現し独立を守るには、一部領土を割譲するしかない」とする回答が初めて3割に達した。
頼みの綱である欧米の軍事支援では、今年前半に米議会での調整難航によって米国からの支援が数カ月も停滞する事態が起きた。11月の米大統領選で共和党のトランプ前大統領が返り咲けば、ウクライナに対して停戦交渉に応じるよう強いる可能性は否定できない。
こうした背景から、ゼレンスキー氏の大統領顧問の一人は匿名でワシントン・ポストの取材に応じ、越境攻撃の成果について「対露交渉に必要な影響力を得たことになる。これが全てだ」と語っている。
ただ、「交渉カード」確保を目的に露領内で一定地域の占領を続ける場合、戦力の維持などが重い負担になる可能性もある。ウクライナ側が「賭け」に成功したかは、まだ分からない。
制圧したとするスジャには欧州へ天然ガスを送るパイプラインの中継施設があるほか、クルスク州内には原発も立地する。戦況次第では、こうした施設が被害を受け、広範囲に影響を及ぼすリスクは残る。【ブリュッセル岡大介】
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