ジョンソン元米大統領=1964年撮影、1978 Wallace Seawell・ロイター

 11月の米大統領選を巡り、バイデン大統領が再選出馬を取りやめる方針を決めた。現職の米大統領が自ら再選の道を断つのは異例だが、過去にも例はある。

 「我が党の次期大統領候補指名を求めないし、また受けるつもりもない」

 1968年3月31日夜、当時のジョンソン大統領はテレビ・ラジオで演説し、ベトナム戦争で軍事活動を縮小する政策転換を表明した。その最後で突如、涙ながらに次期大統領選への不出馬を明らかにし、世界に衝撃を与えた。

 「いかなる個人的な党派的目的にも、また大統領職に伴う厳粛な責務以外のいかなる責務にも、私の1時間を、私の1日を割くべきではないと確信する」と述べ、ベトナム対策に注力したいと説明した。側近にも事前に伝えていなかったとされる。

 ジョンソン氏は、63年にジョン・F・ケネディ(JFK)大統領が暗殺されたことを受けて、副大統領から昇格。64年の大統領選で当選した。

ジョンソン大統領の再選不出馬を伝える1968年4月1日の毎日新聞夕刊1面

 内政では社会福祉の充実や貧困対策などで一定の成果を上げていたものの、北ベトナムの爆撃に踏み切りベトナム戦争を本格化させ、多数の犠牲者を出した。米国各地で若者を中心とする大規模な反戦デモや集会が広がり、国民の不満や民主党内の亀裂が深まっていた。

 米CNNは、ジョンソン氏が出馬を断念した背景の一つに、健康上の懸念もあったとの見方を伝えている。68年の大統領選で民主党はハンフリー副大統領を擁立したものの、共和党のニクソン氏に敗れた。

 今年、米国各地の大学ではイスラエル軍のパレスチナ自治区ガザ地区への攻撃に伴う人道危機に抗議するデモが拡大している。いまだ停戦を実現できていないバイデン氏に対し、リベラルな若者たちの支持離れが起きている。

 政府と、戦争に反対する若者という対立構図は、68年と現在で重なる面がある。【松本紫帆】

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