米東部ペンシルベニア州でトランプ前大統領が銃撃された事件で、射殺されたトーマス・マシュー・クルックス容疑者(20)は、事件現場から車で1時間ほどの人口約3万3000人ののどかな町で育った。中流階級が多く住む比較的豊かな地域だが、取材を進めると、ここでも米国社会を覆う分裂や対立の根深さが見えてきた。
事件から一夜明けた14日、クルックス容疑者が高校を卒業し、その後も暮らしていたベセルパークを訪れた。大都市ピッツバーグまで車で30分ほどの距離にあり、芝生の庭付きの一戸建て住宅が並ぶ典型的な米国のベッドタウンだ。
容疑者の自宅もそんな閑静な住宅街の一角にある。ただ、14日は自宅につながる道路は封鎖され、警察車両が止まっていた。規制線の近くではトランプ氏の支持者が「トランプ氏は勝つ!」というメッセージを掲げていた。
「この町は治安が良いし、まさか容疑者が住んでいたなんて。本当に信じられない」。町で50年以上暮らす元会社員のスティーブ・リンチさん(83)はこう話す。
ペンシルベニア州は「ラストベルト」(さびついた工業地帯)の一部だが、この町からの通勤者も少なくないピッツバーグは、ハイテク産業への転換が成功したと言われる。米メディアによると、ベセルパークは同州の他の地域よりも1人当たりの所得が比較的高く、中流の家庭が多い。近くの住民は米紙ニューヨーク・タイムズに「(容疑者の家庭も)上位の中流家庭だろう」と語った。
国勢調査によると、ベセルパークの人口の9割以上を白人が占めており、町を歩いていても目にするのはほとんど白人だ。だがリンチさんはこうも明かす。「近年のこの町は、バイデン大統領とトランプ前大統領の支持者がほぼ半々の割合でいる。公の場で政治の話をしたがらない住民も多い。話をしても妥協点を見つけられず、完全に分断されているからだ」
2020年の前回大統領選を見ると、ベセルパーク全体の得票はトランプ氏がわずかにバイデン氏を上回ったものの拮抗(きっこう)していた。クルックス容疑者の自宅のある地区では52%対46%で、バイデン氏の得票が多かった。
町では道路沿いで旗を掲げてトランプ氏の支持を訴える男性がいる一方、男性の目の前を首を振って足早に通り過ぎる人もいた。退役軍人だというこの男性は「確かに今までは政治的には分断されていた。しかし事件を機に、トランプ氏の支持者は増えるはずだ」と話す。
州の有権者登録によると、容疑者は「共和党員」として登録しているものの、民主党系の団体に献金していた。米メディアによると、父親は「リバタリアン」(保守系小政党)、母親は「民主党員」として登録しているという。一方で容疑者がインターネット上などに政治や社会に関する主張を残した痕跡は、今のところ見つかっていない。
いじめ被害の報道も
「目立った生徒でなかったことだけは確かだ」。容疑者が22年に卒業した地元の高校に同時期に通っていた複数の元生徒は一様に、取材にこう証言する。
ロイター通信の取材に応じた高校の元スクールカウンセラーも「(容疑者は)静かで、数人の友人はいたかもしれないが、自分の殻に閉じこもっていた。一人で昼食を取ることもあった」と説明。また同級生の話として、容疑者はコンピューターに関心がある一方、政治に関心があるようには見えなかったと報じた。
一方、米メディアによると、容疑者がいじめに遭っていたとの情報もあるという。
容疑者がトランプ氏を銃撃した動機は依然として判然としない。政治的な背景がない可能性も否定できない。ただリンチさんはこう思いを吐露する。「今の政治の分断の状況を見ていると、いつどこでひどい事件が起きてもおかしくないと思っていた。さらに暴力が続かないか心配だ」【ベセルパークで松井聡、中村聡也】
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